ninjiro

1/880000の孤独のninjiroのレビュー・感想・評価

1/880000の孤独(1978年製作の映画)
3.8
吐き気がする程、ペシミスティックだぜ。

孤立・孤独を描いた作品は世に数あれど、こんなに観ていて「しんどい」作品は珍しいのではないか。
誰の歯牙にもかけられないようなありふれた冴えない青年が抱く孤独な心情に、短い時間とは言え最初から最後まで延々付き合わされる42分間。

主人公、寺光律男は早稲田大学合格を目指して田舎から東京に出て三年、予備校と狭いアパートの往復を繰り返す。友達も知り合いもなく、空の郵便受けを開けては自身の孤独を再確認する毎日。
ある日ふとしたことから近所に住む若い女性の差し伸べた親切な手に触れ、青い衝動とも恋心とも区別のつかない一方的な感情を抱くも、自ら声を掛け関係を育むなどとは思いも寄らず、ただ雌伏し微かな希望と鈍い絶望が背中合わせる受験の日に向けて打ち過ぎる無為の生活の中で一層孤独を募らせ、いつしか心のバランスを崩して行く。

アメリカンニューシネマの荒んだ精神風景の表現に触発され、自らの精神に斑らに分布する黒点を鮮やかにフィルムに刻んだ、石井聰亙(現・岳龍)初期の傑作。
主人公の名前、寺光律男の「てらみつ」は「タクシードライバー」の主人公「トラヴィス」から、「りつお」は「真夜中のカーボーイ」のダスティン・ホフマン演じるラッツオ(どぶネズミ)の本名「リッツオ」から。
特に本作の前年に公開された「タクシードライバー」からの影響は色濃く、主人公の抱える闇の深さは較べることは出来ないが、本作の顕すような、すぐ隣の人の心の底に深刻な闇が静かに広がっていく様、表情も大して変えずにそこにいつもの通り立っているのに、ふとした拍子にたった先程までの人とはまるで別人になってしまっているような、ごく身近な冷え冷えとした狂気に底知れぬ恐怖を覚えながらも何とも言い難い切ない思いも同時に抱かされる。

印象的な短いカットの積み重ねは主人公の虚ろな心情を、時に冷たく残酷に、時に何とも詩的に美しく、70年代東京の雑多な風景をバックにモザイク状に映し出す。
本作のソフト化にあたり、著作権に絡んでBGMが「G線上のアリア」に差し替えられているが、実際当初からこの曲に合わせて編集が為されたかのように美しく本編に貢献している。差し替え前の劇場公開時にはコルトレーンの曲が使われていたというが、ちょっと想像がつかない。

ああ、嫌だ。
しんどい、しんどいな…。
ninjiro

ninjiro