ベイビー

THE DEPTHSのベイビーのレビュー・感想・評価

THE DEPTHS(2010年製作の映画)
3.7
今まで濱口監督作品を何本か観てきましたが、この作品は他の作品に比べて僕の中で上手く落とし込めませんでした。というよりも、あまり濱口監督らしさが感じられなかったように思います。

それは今作が男娼を題材とした作品だったからでしょうか。僕の中では男性同士で絡み合う感情の流動が全くと言っていいほど掴みきれず、彼らの感情がホモセクシャルなのかホモソーシャルなのかも分からず、物語の主題もつかめないまま勝手に話が進んでいく様子でした。あとは"殺し"や"ヤクザ"などの暴力的な描写があったのも"濱口監督らしくない"と思えた一つの要因かもしれません。

それから濱口監督の真骨頂とも言える無駄のない言葉の羅列も今作では少し散文的に感じられました。いつもなら何かしらの言葉が心に残るのですが、今作ではさほど引っかかる言葉は見つかりませんでした。

かなり辛口な評価になってしまいましたが、とは言え"やっぱり濱口監督だ"と思えるような映画知能の高さはこの作品にも見受けられました。その象徴的だったのが冒頭から登場する"カメラ"の使い方です。

韓国人カメラマンのペファンは男娼を生業とするリュウと出会い、彼に「モデルの仕事をしないか」と誘います。

カメラマンと被写体。

この二つを分ける境界線はカメラのファインダーです。撮る側か、撮られる側か。カメラのレンズを境目に上下関係が成り立ちます。そこにあるのはタチとネコのような間柄です。カメラマンはレンズ越しに被写体を支配し、感情を煽るようにして心を丸裸にしていきます。

それに似た構造は男娼を斡旋している事務所にも見られました。客の依頼を待つ男娼たちの控え室。その部屋に並ぶ鏡はマジックミラーになっており、薄暗い隣の部屋から幹部らが男娼たちの行動を見張っています。

ファインダーとマジックミラー。共にあるのは見えない壁。立場を分ける境界線。見る者と見られる者というパワーバランスが成立します。

リュウの兄貴分である木村はマジックミラーをブチ壊し組織に抗いました。そしてリュウはペファンからカメラを奪いペファンを被写体としてカメラのファインダーから覗き込みます。

その二つに共通するのは関係性の撤廃。パワーバランスを覆す行為です。

THE DEPTHS:深み、どん底

木村はリュウの為マジックミラーの壁をブチ破り人生のどん底へ。そしてペファンはリュウという深みに嵌ろうとしています…

そういった構造が見え隠れしたものの、僕としては終始彼らに感情移入できずじまいでいささか消化不良に感じてしまいました。
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