眠人

THE DEPTHSの眠人のレビュー・感想・評価

THE DEPTHS(2010年製作の映画)
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自宅で鑑賞せず映画館で鑑賞すれば良かったとしつこく後悔してしまう程、濃密で心を掻き乱される作品だった。

韓国の新進気鋭のフォトグラファー・ぺファンは、友人の結婚式に出席するために来日する。ぺファンは結婚式の会場前で自身の傍を通り過ぎた青年に激しく心を惹かれ、衝動的にその青年の写真を撮影してしまう。友人が予期せぬ状態に陥り、予定よりも長く日本に滞在することになったぺファンは、滞在先で結婚式の日にすれ違った青年と再会し、彼がリュウという名前で男娼をしていることを知る。

観賞後、この物語はリュウの物語なのだとはっきりと確信した。男娼リュウ。一見パンキッシュな風貌で何にも物怖じしなさそうな雰囲気だけど、脆さと弱さを抱え、関係を持つ人間が隠している弱さを白日の下に引きずり出してしまう底知れない空気感を纏っている。それを魔性と呼ぶのはどこか不適当な気もする。リュウの姿は、深い傷を負っているものの、その傷を傷と認識出来ない(又は、意識的に認識していない)ままひたすら吠え続ける痩せ細った野生の狼のようだった。ニホンオオカミは絶滅しているので、僕は野生の狼を見た経験がないことは念の為、記しておきたい。リュウに関わった人間は、リュウの傷だらけの身体に自己の傷を投影し、愛情とも憐憫とも言い難い、沼地のように得体の知れない激しい感情に揺さぶられることになる。

最後のカットを観て打ち震えてしまった。濱口監督が常々語っている「カメラは怖い」という言葉を幾度も反芻した。「本当に撮りたいと思っていたものはそこには映っておらず、見たくないものばかりが映る」とはまさにこのことなのかもしれない。見るものと見られるもの、撮るものと撮られるもの、その非対称な関係性への疑念が静かに、それでいて強烈に、描かれていた。
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