無名のひと

繕い裁つ人の無名のひとのネタバレレビュー・内容・結末

繕い裁つ人(2015年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

南洋裁店の服をブランド化しようと働きかける百貨店勤務の藤井だったが、2代目店主の市江は頑なにその誘いを断り続けている。
市江は、足踏みミシンにこだわり、着る人の顔が見えない服は作りたくないと言うのだ。
市江にとっては、服は知人の店に卸しているもののみで、あとは先代から懇意にしている客の持ち込みで十分だった。
市江は服を作る以外の私生活はだらしなく、紅茶もろくに淹れられない。
訪れる藤井の応対はいつも市江の母親だった。
ある時、母親の服を自分が着られるようにしてほしいと依頼を受け、またある時は昔夫が買ってくれた生地で服を作ってほしいと言って南洋裁店を訪れる人々。
しかし市江は、先代である祖母のパターンで服を作っており、頑なに自分ではパターンを引かない。
藤井は市江のそんなやり方を、変化を恐れているのではと指摘するのだった。
祖母の葬儀には、南洋裁店で服を仕立てた街の人々がその服を着て車を見送る姿があり、市江はいつも偉大な祖母の影に隠れている。
そんな市江が藤井にはもどかしいのだ。
藤井が担当しているテイラーは、顧客が目減りしていた。
スーツを手入れしてまで着る人が減っているのだ。
市江は、南洋裁店の30代以上の顧客たちを招いて“夜会”を開催していた。
その日だけは、先代や市江の仕立てた服を身に纏って躍り、非日常を楽しむのだ。
しかし、女子高生三人が紛れ込んでしまう。
そこには家での様子とは全く違った家族の姿があり、驚く少女たち。
子どもがいるとみな親の顔に戻ってしまうために30歳以下は禁止にされていたのだ。
少女たちは市江に自分にもドレスを作ってほしいと頼む。
しかし、少女たちのうちひとりの祖父が、すぐに服を捨てたり売ったりする子には南洋裁店の服はもったいないとぴしゃり。
夜会の様子を見ていた藤井は、市江はそのままでもいいのだと感じ、彼女の前から去って東京へ行ってしまう。
ある時市江は、車椅子を引いた藤井の妹と知り合う。
彼女は幼い時に交通事故に遭って車椅子生活になり、一時期家に籠ってばかりいた。
そんな時、母親が可愛いワンピースを買ってきてくれたことがきっかけで、再び外に出られるようになったと言う。
藤井はその様を目の当たりにして、服の持つ力を強く感じたのだった。
一旦服から距離を置いて、東京で家具販売をしていた藤井だったが、結局道行く女性の服に目を留めてしまう。
藤井はどうやったって服が好きなのだった。
藤井が担当していたテイラーを訪れる市江。
彼はデパートからの仕事も減り、年齢のこともあってもう店を畳むつもりでいると話す。
しかし市江は、病床にあっても祖母は手縫いで市江に指導して、生涯現役を貫いていたことを話す。
引導を渡されるまで逃げ出さないでほしいと涙ながらに訴えるのだった。
妹の結婚式のために戻ってきた藤井は、彼女が着ているドレスが市江によるものだと一目で見抜く。
襟には、思い出のワンピースの襟があしらわれていた。
このドレスは、市江が作らせてほしいと自らパターンを起こしたものだった。
再び夜会の日を迎える。
例の少女たちが再び現れ、夜会を楽しみにしていた亡くなった祖父が、いつも身に付けていたスーツを飾ってほしいと言うのだ。
人々はスーツを囲み、個人を偲ぶ。
市江は初めて祖母を越えたいと決意し、少女たちにドレスを作らせてほしいと頼む。
がらりと模様替えした洋裁室。
いっぱいの光の中で、自分だけのパターンを引く市江の姿があった。



味のある南洋裁店の佇まい、モダンで美しい洋服、あたたかい人との交流、非現実を楽しむ夜会、どれも素敵だった。
恋愛色の薄いストーリーもいい。
市江の魅力を感じながら、それでも自分を見つめなおし成長していく姿に感動。
中谷美紀がほんときれい。
青と黒を基調とした服がいつもおしゃれでよく似合ってた。
もやもやするとお気に入りの店でチーズケーキを食べる習慣があるところがかわいい。
服を作る以外が、てんでぽんこつなところも。
白くて丸くてでっかいチーズケーキが実においしそう。
しゅわりとフォークを突き立てて、大きな口で頬張る。
お腹のすくシーンだった。
藤井が服を好きになるエピソードも好き。
恩師に、お気に入りの服をリメイクして死に装束を作ってほしいと依頼された市江が、エプロンを作るのもいい。
ガーデニングに打ち込んでいる恩師に、まだまだ生きることだけを考えてほしいと服を作ることで言葉にできないメッセージを乗せたんだと思ってる。
服の力は、人の気持ちを変え、想いを伝えるアイテムでもあるのだ。
ただ、テイラーの店主に引導を渡されるまで逃げ出さないでほしいと言うのはちょっと無責任なような。
それほどテイラーを、店主の技術を惜しんでいると伝えたかったんだろうけど。
祖母と比べたことにちょっともやもやするものがあった。
小説が原作だそうだけど、あったかい雰囲気がどう描かれているのか、小説も読んでみたいと思った。
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