せいか

誰よりも狙われた男のせいかのネタバレレビュー・内容・結末

誰よりも狙われた男(2014年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

2.26、GyaOにて視聴。字幕版。メモ。
立場も権力もある役のときのウィレム・デフォーがだいたい好きなのではないかと気付く。
原作は未読。同じ原作者つながりでいうと『裏切りのサーカス』などもあるが、あっちは観てて全く頭に内容が引っかからなかった記憶があるのだが、こちらはかなり構成とかが分かりやすい。というか、まず下地になっているのが基本的なレベルでは過激派のイスラムによる近年の欧米でのテロなので(本作ではそこにさらにロシアやチェチェンとかが絡んでくるのだが)、その前提だったのもそういう意味では良かったのかも。
原作者の十八番ながら本作もスパイ関係作品である。映画としていい感じに緩急をつけているので、最初からずっと緊張感を楽しみつつ、それとは別に一つの作品としても楽しめる作品だった。単純にスパイ映画としてのスリル以上の人間の生き方について考える作品で、重厚な作品でもあった。
たぶん、映画化するにあたって「あえて」観客に出している情報を絞ってる感じは最初からちょこちょこその意図が見えもした(単に媒体差もあってぶっこめないのもそりゃあるが)。小説だとどうなるのかは気になる。

アメリカの同時多発テロ以降特にずっと欧米(特にヨーロッパ)国内はテロに曝され続けていたり、移民や難民問題が絡んだりとこのへんいろいろあるんですが(不法入国の男が水辺からやってくるのも後者のそうしたものを意識しているのだろう、たぶん。ちなみに小説にしろ映画にしろ、あくまで軸足は同時多発テロであってそれ以降の特に注目する一連の事象に関してはやや一歩手前な時点での公開になっているので、そこは頭の端に置くべきでもある。既にかなりありはする時期なのですが)、本作はそこに切り込んだもので、ドイツを舞台に、その国内外における人間の善性と悪性を語らんとするものであった。
作中の主要人物に、チェチェンから密入国してきた男の仲介を行う女性がいるのだけれども、左派的な主義信条のもと働く彼女は行き場のない人々を救う善でもあるけれど、同時に、己のその善意のためにいたずらに国を危険に陥れてもいる。
他にも、中東出身で平和への架け橋として活動する男がいるが、彼のその善性はおおよそ本当のことかもしれないが、裏ではテロリストの資金調達に加担している。
作中でも言われるように、完全なる善人など存在せず、どんな人でもそこから外れる要素を内に孕んでいるのである(そしてまあ逆も然りだろう)。

特に本編のちょうど半分の辺りで上記の女性を拘束したときに主人公が、おまえは「どこに」行きたいのかと語るシーンが印象深かった。彼女は自分の善意が何に加担しているかも分からずに振る舞い、そしてついに超えてはいけないところまで行ってしまったのだと。
こういう、本人たちやその関連団体は自分たちの善性を無邪気に信じていても、何らかのからくりを軽視または無視しているとかいうのは世間的によくあることでもあるので、この辺のシナリオの語りに一番琴線かき鳴らしまくられたところではある(そして本作の軸とする欧米でのテロリズムなどにおいてはこういうのが実際根深い問題としてあったのだろうとも察するところはある)。彼女たちの立場の人間は自分は豊かな立場で安全圏から無責任に理想を言っているだけではないかとかいう言葉のナイフも私の好むところでもある。わかりみふかし。こことか特に小説の文面で読んだら改めて痺れそうにも思ったので、機会があれば読んでみたいものである。
他のキャラクターのセリフだが、「世界を平和にしたい」という言葉として表現された想いは同じでも現れ方が違ってくるというか、それでどこに行くのかというか。世界はそう単純ではないので、何をもって平和と呼ぶのかというか(そんなのは十分分かった上で少しでも前進することに意義があるんだろうけど、前進したところでぶつかり合うのは必至なわけだなあ)。誰かが何かのためにやる行動は誰かに(本人にすら)悲劇的な破滅をもたらしもする。テロの実行者にしたって、スパイだって誰だって結局はそうで、彼らの場合は特に国だとか宗教だとか何かしらを単位とする世界の中で一部だけ重ねればそこは同じように行い続けている。
本作はその人個人がどこへ行くつもりなのか、本当の望みは何なのか、その心の端に(または全体にある)暗部が何を願っているのかというものもあらゆるキャラクターを通して表現しているのだけれど、このあたりの切り口にも好感を持って観ていた。自分が背負っているもの、自分でもろくに正体が分からずに願っているもの、その上でどこに向かって歩いているのか。さて、これを観ているおまえはどうなのだと、本作はそういった疑問をぶつけてもくる。心震える。そんなの分かんない分かんないって感じである。
なんというか、人間、いろんな立場のもと生活してるわけですが、息をするのも難しくて、行動するのは恐ろしいけれど生きている以上は例えどれだけ世間から隔絶してても動くしかなくて、そうなると波紋の広がりはあるわけで、何もかも難しいよなとか、日頃思っていることを改めてしみじみと考えながら観てしまった。

ラストはそうなりそうだなあとは思ってたがやはり国内外のチーム外の仲間に裏切られてこれまで積み重ねてきた解決策をむちゃくちゃに破壊される形で主人公たちは手柄を取られ、関係者全員に正義の顔をした者たちによって死のない破壊がもたらされる。本作ではスパイたちが狙う大きな獲物はテロ実行者そのものではなくてその資金源となっている人物の尻尾をしっかりと掴むことなのだけど、国内のテロを阻められればよいとする暴力的な解決方法がまた一方の正義の不安定さをよく表現していたと思う。それが主人公がタクシーという皮を被った乗り物で餌を運んでいた時に車の衝突と包囲という方法で表現していたのも痺れる(それに本作はまず不法入国の男が群のようにしてある車の中に紛れるシーンから始まっていたりするので、それが最初と最後に構成されてもいる)。
結局、本作で描かれたことは、国を賭けたゲームの一つみたいな印象もひしひした伝わってきて、その残酷さというか、冷たさにひやりともする(主人公だってなんだかんだいってこれまで通りにまた次の仕事へと行くのだろう)。人間の営みがここでは軽んじられていて、軽んじられるべくして軽んじられているということなのだろうけれど、なんともやるせない。平和というただでさえ曖昧模糊としたものをここで考えるとさらにくらくらしてきてしまうものがある。
作中で不法入国の男とその庇護者の女がチェスをするシーンがあるけれど、世界がまさにそういうチェスゲームとして成立してしまっているやるせなさ、息苦しさ。

本作の中心人物である不法入国の男はまずいかにも怪しくテロリストとして疑われるところから話は始まるのだけれども、そうしたある種の偏見とテロリズムの現実とが錯綜していたり、彼自身は無欲で基本的に少なくとも悪人だとはあらゆる面から見ても言いにくいけれど、でもテロリズムに対する見方に固定観念があったり、他のキャラクター同様、単純なキャラクターではない。全く無害な良き人なんて存在するわけがないのだから。
主人公はスパイとして働く中で協力者を使っていて、この存在が彼にのしかかる影としてもあるのだけれど、そういうのにしても、あまりに多面的である相手を信じるとは何かというか、何も信じられないものをどうするのかということも考える作品だった。

不法入国の男が身を潜めて過ごす中で紙飛行機を飛ばすシーンが何回か出てくるけれど、飛行機ってまさに同時多発テロのイメージでもあり、それがなければ世界を飛ぶものであり、自由のイメージにもなる。彼がどこへ行きたいのか、彼が本当は何を望むのか、紙飛行機はそれらを乗せて飛んでいく。
あるシーンでは匿ってくれている女性との間にあるビニールシートに向かって数度投げ続けるのだけれど、そのシーンでは分かり合うことの難しさというか、コミュニケーションの通じなさというか、人と人とが繋がらない悲しさがある気がして切なかった。平和って何よである。

世界はこんなにも生きづらい。そういうことをひしひしと感じられる作品だった。円盤と小説を手元に寄せなければなるまい。
せいか

せいか