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ベル&セバスチャンのLCのレビュー・感想・評価

ベル&セバスチャン(2013年製作の映画)
3.8
面白かった。

美しい自然、という言葉がしっくりくる場所で、様々な人が守りたい命の為にたたかう。ちなみに犬さんは無事です。

作中、ユダヤ人を逃すまいとするドイツ兵の中に情報提供者がいた、という場面が出てくる。
当時のドイツの人がどのようにユダヤ人を攻撃する考え方を受け入れたかっていうと、段階があったりする。
まず共産主義者。次に社会主義者。そして自由主義者。そういった攻撃対象の変移の先に、ユダヤ人の存在がある。
当時の人々は当時の政府の言うことを支持したわけだけど、段階も何もなくある日突然「ユダヤ人は存在してはいけない」と言われていたら、当時の人々だってあそこまで熱狂的にその言説を信じたりはしなかっただろう。
本作が上手だなと思うのは、この仕組みをチラッと見せてくれるところ。

主人公は、まず「自身が生きる自然の中に動物がいる」ことを知っている。ということは、近付いたら危険な生き物もいるということも知っていただろう。
そして、野獣の存在が語られる。前情報として「野獣は危険」「虐待された犬は危険」と散々周囲に諭される。実際に、野獣に襲われた、という人と、その攻撃された足も目撃する。
つまり、野獣は排除した方が良い、という考え方を理解する為の段階は踏めている。
それでも少年は、自分の体験を信じた。無闇に怖がるのではなく、目を見て話しかけて、実際に自分を襲わなかったことを、自分の考えの軸にした。
それでも周りが「その野獣は危険だ」と信じていることを知っていたから、誰にも打ち明けなかった。命に関わるから。
「その野獣が襲う、まさにその瞬間を見た?」と訊ねても、「見てたら撃ち殺してる」と返される状況である。
作中の例のドイツ兵も同様で、彼の方が更に危険な立場だったろう。少年は打ち明けても仲間に殺される心配はないけれど、ドイツ兵の場合は嫌疑がかかった段階で自分も殺される。
少年とそのドイツ兵は、少し立場が似ているのだ。
そのドイツ兵が、雪崩に巻き込まれて助かるかわからない時に、「助けてくれ」ではなく、「助けてやれ」と言う。その現場に主人公が居る。
こういうところが、上手だなあと感じる。

おじいさんの主人公に対する深い愛には頭が下がる。
必死で守ろうとしていたし、大切に思っていた。そのことがよく伝わってくる。
少年が野犬と仲良くなっていることを察知して、それでも心配で策を講じ、銃を向けたその夜、見事に酔っ払っている。辛かっただろう。守る為とはいえ、少年の友に銃を向けたのだから。
おじいさんは、母を亡くした動物を保護し、最後は山に返している。そういう人だから、耐えきれずに酔っ払う選択をしたことは容易に理解できる。
それに実際、野獣に襲われたという人の足も診ているわけで、主人公のような小さな子など1回でも噛まれれば死んでしまう、ということは想像に難くなかった筈だ。万が一を考えると、気が気ではなかったろう。

おじいさんから母のことをちゃんと話してもらった時、主人公も相当に辛かった筈だ。
それでも、乗り越えた。だからこそ最後、犬さんと共に帰ることを選べた。「すぐに戻るよ」と言った彼女が自分の側を去る理由は、自分を独りぼっちにする為ではないし、愛情も持ち続けてくれると信じることができたからだと思う。
おじいさんが言っていたように、おじいさんも犬さんもいる。母も愛し続けてくれている。
何より、「守る」為にたたかう人をたくさん見たのだ。怒られようが嫌われようが、それでも守りたい気持ちで行動する人が、彼の周りにたくさんいた。
雪景色の中、主人公が彼女のその気持ちを尊重できたことは、彼の周りにあった様々な勇姿の結晶とも言えるかもしれない。

本作、見事な景色を堪能できる。
主人公がその景色を丸ごと堪能していることが、よく伝わってくる。その景色の中で、他の命を尊重することを教えられ、大切な誰かと生きていた。
ちゃんと友だちも作れたようで、クレジット後の場面も晴れやかな気持ちになれる。
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