うみぼうず

マルケータ・ラザロヴァーのうみぼうずのレビュー・感想・評価

マルケータ・ラザロヴァー(1967年製作の映画)
4.5
文学作品を視覚と聴覚で"体験"した感覚。単に芸術映画というには言葉足らずで、映像美と独特の音響により唯一無二の傑作たらしめている。これは観るなら絶対映画館。チェコではTV上映されていたというが、映画館でこそ本作は価値を最大限発揮すると思う。

予告で気になり皆さんのレビューを見て これは観たい作品だなと思いチェコ映画研究されている富重さんのトークショーの会で試聴。難解と聞いていたのでおおよそのストーリーは調べていたおかげで約3時間没入することができた。映画鑑賞中ずっと感じていたのは『神曲』と黒澤明作品。

まずは映像美で、白黒に温度を感じさせる。厳冬期の厳しさ、雪の冷たさ、毛皮の暖かさ…。ワイドスクリーンの画面配置が絶妙で、全てが絵画のよう。マルケータは胸に白い鳩を抱えて登場するが美しさの中に敢えての悪魔的な不気味さが映る。マルケータがゆっくり崩れ落ちるシーンが個人的に一番好きな場面。父ラザルからの拒絶により受け入れてくれる場所が無くなった絶望、穢れた身を拒絶された哀しみなどがスクリーン全体に表現されている。

動物達も分かりやすい象徴として随所に登場。鹿、蛇、鼠、鷲、羊、そして狼。人間は狼なのか羊なのか。狼の獣性を誰もが持っていて、本能的に生きている世界から少しずつ羊の世界への移行。特にコズリーク一門は狼男の血を引く野蛮な一族である。キリスト教的罪で言うなら傲慢・強欲・憤怒・嫉妬・色欲などを受け持つ役割。敢えて当てはめるなら神父ベルナルドは暴食や怠惰を体現しているのかな。

音。これがとても特徴的。BGMはコーラスや打楽器で、特にコーラスは印象にも残る。神話や叙事詩を思わせる荘厳な雰囲気を醸し出す。
また、声をアフレコして撮っていて最大で7回も声を重ねているらしくエコーがかった音声は空間の広がりを感じさせる。息づかいまで鮮明に聴こえてきて、映像と相まって当時の様相が克明に伝わってくる。

キリスト教と異教徒、言い換えると旧世界と新秩序だが、作品の時代背景から資本主義と社会主義に重ねてみることもできそう。キリスト教は耳に優しく世渡りのために強権者の庇護をかざし希望を説く。でも内実は酒も飲むし肉も食う。結局中身は変わらない。信じる者は救われる、ではないという主張。
キリスト教的立場はベルナルドと修道女達だが、修道女の無機質さとベルナルドの世俗くささは相反するようでキリスト教(=社会主義)を暗に批判しているのかなと。

純粋なマルケータやクリスティンは虚構に塗れた現実に耐えきれず信じられない。結局は死体の山の上に成り立つ世界からは目を背けるのが正常なのかもしれない。
でもそれらの現実を乗り越えられるのは女の強かさ。マルケータもアレクサンドラも、子を産み血を繋ぐ。昔話でもあり現在でもある。時間の連続性。

ナレーションとの会話もとても斬新。意味なく、単にコミカルさのために会話させる訳はないと思うが神の視点なのに話せるのはどういう意味なのか。神ではないし神を敬っていないことの表れなのか。

めちゃくちゃハマったので人生初映画パンフレット購入。ついでにTシャツまで買ってしまった…。パンフレットでは詳細に書いてあるが、主演女優がリベラル政治家として活躍したり、ビール隊長は反社会主義で投獄されていたりとこの映画の先も感じられる。

難解というより画面の情報量が多いので、是非また映画館で観たい作品。シアターイメージフォーラムは自分の嗜好に合う作品が多いなと思い2回目の来場となる今回で会員になったので、是非また鑑賞したい。
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