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アメリカン・スナイパーのsushiのレビュー・感想・評価

アメリカン・スナイパー(2014年製作の映画)
3.6
「米軍史上最多、160人を射殺した、ひとりの優しい父親」という日本のキャッチコピー。
ドナルド・トランプがアメリカ社会に登場するまでは、これは有効だったのかもしれないが(そもそも、本作の公開当時からイラク戦争自体が間違いであったという主張はあったんだろうけど)、彼が白人至上主義を煽り立て、議会襲撃という大惨劇が起こってしまった現在では、ゴリゴリの白人右翼であるという点で、ただでさえ悪いイメージがある主人公に"優しい"なんていう形容詞を付けると大問題になっているだろう(さらに、アメリカの古き家父長制を賛美するような印象も与えかねない)。この映画が8年前に公開したという事実は、時代の変化の速さを否応なく感じさせる。

面白いのは、このキャッチコピーから想像していたアメリカのマッチョイズム賛美とは全くかけ離れていて、むしろその不気味さを強調する映画だったこと。アメリカの一部の右翼はこの映画に肯定的だったそうだが、全く映画を理解していないんだなということが分かった。

主人公に対して思想的に大きな影響を与えたであろう父親の存在が、主人公が大人になってから全く描かれていないこと、主人公に憧れて兵士になったものの、戦争に嫌気がさして逃げ出そうとしていた弟がその後どうなったか分からないこと、友人の葬式の際に放たれた銃声に女性たちが非常に怯えている描写、生まれたばかりの娘が泣いているのに主人公はガラスで隔たれていて、看護師も見向きもせず、彼が怒り狂うシーン、ラストで主人公が妻に対して銃を向ける場面、主人公を玄関の扉越しに見送る妻の不穏な目つき(終盤で主人公が戦地から退却する際に、装甲車の後ろの扉から乗る場面と対になっている)など、あげればキリがないほど、不気味な描写が多くある。全ての場面において、それが主人公の心のうちでどのように処理され消化されたのかがほとんど示されずに進み、そのような不可解な点を残したまま清々しい曲で終わるため、全体として非常に気味の悪い映画になっている。

トランプ以後の世界に生きる私たちだからこそ余計感じるのか、敵国の人々をまとめて野蛮な人と呼びながら、実際には彼らを殺すことで心の傷を負い、自身の矛盾に最後まで無自覚だった主人公は(それはそれで可哀想だけど)とても狂っているし、それをヒーローと呼ぶアメリカ社会も狂っている。

「許されざる者」でアメリカの古きマッチョイズムを終わらせたクリント・イーストウッドは、自身が終わらせたはずのマッチョイズムに、未だしがみついている人々に冷たい視線を投げかける。そんな映画だった。
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