このレビューはネタバレを含みます
上映時間の関係で
ベネディクトカンバーバッチ
怪物役→博士役
と続けて鑑賞。ベネディクトの演技のファンなので感想が偏っています。
自分へのクリスマスプレゼントだ。
個人的に鑑賞後は博士役から怪物役の順で見た方が良かったかなと感じた。
ベネディクトの怪物は「強烈」
この一言に尽きる。
冒頭の誕生シーンの繊細さ…。
あの登場する壁の円の素材感は秀逸だし、透けてみえるベネディクトの手の表現、脈動の動きも流石。
それを破って立ち上がる、あの無言の空間の激しい動き。無機物が有機物になる。見ては行けないものを見ているような…。たっぷりと時間を使った事で怪物の世界に観客を引き込んでいた。
初めて外に出た、一番無垢で、自然をめいいっぱい味わっているシーン。
本当に草を口に入れて、本も用途がわからずに食いちぎる。手遊びと笑い声。
演技が完璧すぎる。躊躇なくやってのけるプロフェッショナルさが圧巻。
思わず引いた。あの登場人物達と同じ立場で考えさせられ、ウワッ…と偏見の目で観て、怪物と感じさせられたのが本当に悔しい。
老人と出会って言葉を学びどんどん知的になっていく。
美しい言葉を見ながらも、聞いた醜い言葉があたえる影響がなんと強いことか…。
読書は想像力を育むが、しかし現実ではないから、現実がどうしても強い…。
何かで、「言葉を学ぶのは、自分の状態を最も近い文字で表現し、他人に理解してもらう為に必要だからだ。」と見た。
しかし、その知性も、理解をしてもらえる相手がいなければ全くもって無意味なもので、より孤独を強くする材料になる。
迫害され、生みの親からも愛されず、行き場のない怒りが復讐という行動を持って言葉を交わし合う事になる。
復讐が、人と交わせる唯一のコミュニケーションだった。与えられる現実は全て醜いものばかりで…
どれか一つでもいいコミュニケーションが早い段階でとれていれば…。
エリザベスが怪物が生まれる時、近くにいれば…。
ミラー博士は自分の理想を情熱的に追い続けひたすらに目標に向かって進む情熱的な感じ。
人間らしい、愚かさと欲求、弱さがが顕著に出ている。
無邪気な怪物と愚かな博士。
与えられる環境が魂を左右する。
何をもってして人は人であるのか。
改めて考えさせられたし、老人が言った「人は抑圧されなければ随分と寛容である」その言葉が、もし怪物がフランケンシュタインから受け入れられていたら…もし…と抑圧がなかった時の想像を掻き立てられる。
ミラーの怪物は筋繊維があまり死んでいない身体表現というか、硬直が少ない生々しい身体の使い方だった。ベネディクトのフランケンシュタインより、より人間との境界がほぼ無いに等しい感じ。
発見というよりも、知性が元からなんとなくあって身体が元の記憶を覚えている、しっかり前は人間だったと感じる演技だと思った。親しみやすく、見やすい。
復讐の炎の熱が強いのは圧倒的にミラーの怪物だった。
ベネディクトの怪物は自分を見てもらうための手段感が強かった。
博士ベネディクトラスト、冷徹で他者を寄せ付けない人見知り感がサイコパスっぽくて凄く怪物の生みの親感がある。
生肉を食べるシーン本当に食べてるし、生き返る時、その生肉を吐き出すのをみて、流石だ…と思った。それと怪物との再会の際、殺そうとするときの意識の逸らし方…知性がありすぎる…。全てを味方にしてしまう…演技の知性が凄まじい…。
それをやりかえす、本当に良い意味で怪物の知性も親が親なら子も子。
どちらも両役者素晴らしかった。
重い内容な故にとても考えさせられる。
生きるって苦しいな。
また絶対に見たい作品なのでDVDなど繰り返し観られるようになってほしい。
言葉をうまくまとめられる知性を私ももっと育まなければ