らいち

百円の恋のらいちのレビュー・感想・評価

百円の恋(2014年製作の映画)
5.0
ボクシングの試合終了後の光景を見て、主人公の女子がつぶやく。「抱き合って肩をトントンするの、何かいいですね」と。彼女の目にボクシングはどのように映り、何が彼女を覚醒させたのだろうか。

映画「百円の恋」に震えた。「感動」という感覚をこれほどストレートに感じた映画は久しぶりだった。

30を過ぎて家に引きこもり、自堕落な生活を送っていた女子が、恋に破れ、ボクシングに傾倒していく姿を描く。
ボクシングは不思議なスポーツだ。「殴り合い」じゃないと言うが、結局、自らの拳で相手を傷つけ、ダメージを与えることで、勝利を勝ち取るものである。競技者の双方にもれなく肉体的な痛みを伴わせるのも特徴的だ。

そのボクシングに主人公は魅了される。但し、この映画はボクシングをテーマにした映画ではない。1人の人間が、失われたアイデンティティーを勝ち取る過程を描いたドラマである。これまで輝くことのなかった人生の中で、勝利者になる可能性をボクシングという競技の中に見出したのだ。そのきっかけとなったのが、好きになった男である。男は引退間際のボクサーであり、その男の脆く敗れた試合を見て主人公は感動する。主人公の動機は恋に破れた憂さ晴らしなどではない。それは、恋した男がボクシングに固執した理由に重なる。鋭さを増していく彼女のパンチの一振り一振りが、見えない壁を突き破る。その度に勇気がほとばしる。

とても良く出来た映画だと思う。的確な人物描写が物語のテーマを鮮やかに映し出 す。物語の軸となる、主人公と彼女が恋する男の距離感が良い。不器用ながら男を一途に想う女子と、「一生懸命は気持ち悪い」と彼女を突き放すドライな男。男女のラブロマンスではなく、男女という2人の人間がボクシングを通じて共鳴し合い、惹かれあう姿として描いているのが素晴らしい。主人公にとっての人生の障害、あるいは人生の糧を象徴するような、クズな脇役キャラも効果的だ。無駄に盛り上がることを制するボクシングジムの会長や、彼女の成長を見守るトレーナーの描き方もとても良い。

主人公を演じた安藤サクラは、本作で日本映画界に新たな伝説を作った。回を追うごとに、みるみる体系が引き締まり、ボクシング時のアクションも尋常じゃないほどにキレている。この役作りのレベルは、日本映画の女優というカテゴリの中では類を見ない。彼女の作品にかける覚悟を感じると共に、映画が観客に与える力を誰よりも信じているように思える。彼女が発する迫力に圧倒され、何度も鳥肌が立ち、涙する。本作での彼女の名演は映画界の語り草になることは間違いないだろう。
その彼女の相手役となる新井浩文も強い説得力をもって存在感を示す。社会に馴染めない風変わりなキャラだが、そこに留まることなく、主人公を受け止める包容力を巧く体現し、本作のテーマをサポートする役割を果たす。2人が辿り着くラストシーンがひたすらに素晴らしい。

監督は今年公開した「イン・ザ・ヒーロー」と同じ監督とのこと。個人的にはブーイングな映画だったので、それを知って驚いた。まるで違う映像作家が撮ったようなセンスだ。もしかすると脚本の力が本作の大きな成功要因になっているのかもしれない。

「100円」は彼女がバイトする、ワンコインで何でも買えてしまう「100円コンビニ」に由来する。「100円程度の女だから」と自身を卑下しながらも、大きな戦いに挑み、リングに向かう彼女の背中に、いつしか観る側の希望が宿る。傷だらけになって、ボロボロになって、それでも勝利を掴みとろうとする。その姿の何と美しいことか。
2014年の見納めに相応しい映画に出会えて良かった。

【80点】
らいち

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