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バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)のchi6cuのレビュー・感想・評価

5.0
面白い!面白い!!面白い!!!
世界がひっくり返ったような面白さだった。
この作品に対して「このシーンはどういう意味?」などと正解を求めるのはナンセンスだと思う。映像、脚本、演技、その作品すべてを丸ごと楽しめばそれでいい。

冒頭のタイトルカットから鳥肌が立った。
とにかくスタイリッシュ。
目に映るすべてが驚きの連続で、ひたすらに画面に吸いつけられてしまう。
エマニュエル・ルべツキ独自の全編1カットにしか見えない継ぎ目ないカメラワークとひたすらにしゃべり続ける役者たちのセリフに焦燥し追い詰められていく快感。
常にどこかで物音がする。
気分の高揚とともに聞こえてくるのはアントニオ・サンチェスのパーカッション。
焦る、とにかく焦る。
セリフに、音に、時間に、人間に、評価に、人生に、そして見えない未来に。
見えない未来を追いかけるのは、「バッドマン」主演後、まさに存在を消された不遇の俳優マイケル・キートン。彼そのままの役を、彼以上の不安感で神がかり的に演じている。その一瞬一瞬。
最高にエキサイティングでストレスフルな120分。
鑑賞後、自分の手が震えていて思わず笑ってしまった。

コミックヒーロー映画の主演でブレイク後役者としての地位を築くことが出来なかった元有名人のリーガン。彼の再起をかけたブロード・ウェイ舞台公演までの3日間を描く。
へたくそな共演者の事故。代わりに来た破天荒な天才役者。元薬物依存の娘、そして自分への不安。
全編にわたって不安に満ちている。

夢というものはなんて無責任なのかと思う。
演技者を志した少年は努力してスターになるも、その過去の栄光ゆえに壮年の今、評価されない。
尊敬する作家の憧れの戯曲を全財産と自身のすべてを捧げて演じるが、起こるのは困難ばかり。
いや、困難ばかりと捉えてしまうのは自分自身のみなのか。
世界が歪み混乱する。

夢に生き、夢を実現したと思った時、大概の夢は悪夢に変わってしまう。
追い続け、手に入らない夢がいつまでも美しく優しいのだ。
夢を手に入れた男の空虚をここまでエンターテインメントとして作り上げ、そしてまさに、これこそが「映画」そのものなのである。「映画」とは「夢」なのだ。
舞台人達の強烈な「映画」批判。エンターテインメントに対する嫌悪。「バードマン」と言うコミックヒーロー作品が象徴するのはまさにハリウッド映画そのもので、夢と希望と魔法と暴力に満ちた世界を「芸術」とは認めず、「映画」が残していく焼野原を世論が好奇の目で踏み荒らしていく。

「popular」という単語が多用されている。
有名である事。それは善か悪か。
表現者ならどのジャンルであってもpopularになることを夢見ながら恐れている。popularにならなければ評価されない。しかし、popularになった途端に芸術性を疑われてしまう。 popularは芸術ではないのか。
popularを追い求める映画は悪しき文化なのか。
SNSでつながる世界では自分以外のすべてはふと気づくと手をつなぎ、いつしか敵になっているかもしれない。
あんなに自分を愛した少年たちが今自分をあざ笑う。
popularでなければこんな目には合わなかったのに・・・。
しかし、popularで下品で無責任でバカげた映画も、それを求めてシェアする世界も、それをあざ笑う気高き舞台芸術も、吐き捨てられる唾液さえも、この作品は称賛している。
一人の男の苦悩と困難から、観客は世界が変わる瞬間を目撃できる。これが芸術でなくてなんなんだろう。

批判であり称賛。
どこまでもカッコ悪い落ちぶれたオヤジがこんなにも清々しくかっこいい。
アレハンドロ・G・イニャリトゥ。彼の世界は計り知れない。
私たちは世界に混乱して焦り、ラストの浮遊感とともにまるで呪縛から解かれたように興奮の渦中に落ちる。
遺されたのは、まさに感動。
アメリカ映画界に「夢」を抱いて挑戦し続けた彼の作り上げたこの作品は、映画を芸術と信じて愛してきた私達への別次元からのギフトのように感じた。
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