水無月右京

マイ・インターンの水無月右京のレビュー・感想・評価

マイ・インターン(2015年製作の映画)
5.0
見ていてホッコリできる素晴らしい作品でした。

ストーリーはシンプル。経験豊かで誠実な一人の老人がシニアインターンとして入社し、周囲に良い影響を与えていくというメインストーリーに、会社と家庭の両立、夫婦間の問題、人間関係の取り持ち方といった、私達の身近にある諸問題が織り込まれている作品です。

現役を引退した主人公。3年前に妻と死別し一人暮らしをしています。ちょっぴり距離が離れていますが、息子夫婦に孫もいて、生活は悠々自適。ですが、最近はちょっぴり時間を持て余しぎみ。どこにも自分の居場所がないと感じています。そう、彼は社会とつながっていたいのです。

"人とつながって働く喜びを得たい。挑戦したいし周囲からも必要とされたい。"

社会と関わりを持ちつつ役に立ちたいと願う彼は、新たな一歩を踏み出すべく新興企業の門戸を叩くところからストーリーが始まります。

入った会社は、まさに創業→成長期の真っ只中。活気に満ち溢れています。しかし、その一方で会社運営を切り盛りできる主力幹部が育っておらず、企画の決定承認はもちろんのこと、社長である彼女自身が企画を行っている有様。彼女は日々忙殺されています。このままだと家族と過ごす時間がなくなってしまい、家庭が崩壊するのではないか―。彼女はそう懸念しています。そんな彼女を支えているのは夫で、彼は彼女が会社を立ち上げるとき、マーケティングの仕事をやめて専業主夫となり、今は娘を幼稚園に通わせているのでした。

"子育て大変。まったく気が休まらない―。"

専業主夫の彼がぐったりとなり、上記のような台詞を言った後"自分の時間が欲しい・・・"とボヤくシーンが出てきます。女性が言うシーンであれば何度も目にしているのですが、主夫の彼が言っていると新鮮に感じられる不思議。

4歳と2歳の甥っ子・姪っ子が遊びにくることがあるのですが、それの相手をするようになるまで、まったく実感することのなかった子育ての大変さ。(それまでは、せいぜい夜泣きが大変なんだろ?程度の認識でした。)

積み木や鬼ごっこ、砂遊び。全力で相手をしていると3時間くらいでへとへとになるんですよね。それというのも、単に運動の相手をするだけではないから。怪我をさせないよう気を配り、怪我になりそうなリスクを見つけたら先回りして取り除いたり。離れた場所同士で勝手に動かれ始め、"ねぇねぇ、ちょっと見にきてー!"で移動している間にもう片方が何かやらかすということに耐性がついてしまいました。イライラすると負けですよね(苦笑)自分も子供を持つようになったら、パートナーの"自分の時間作り"に貢献すべく、ちびっ子達の遊び相手を頑張らねば(←この程度の心がけだと、まだ足りてない?)なーんて思ったりしましたね。

仕事に忙しく、家庭をあまり顧みることのできない彼女に寄り添う主人公。彼は、言動こそ控えめですが、常に正しくありたいという信念を持ち、彼女の負担を少しでも軽くしたいと考え行動します。そんな彼の取る行動や態度の端々から感じられる誠実さに、会社の同僚達は心を開いていき、当初は彼にある種の偏見・マイナス方向への思い込みを持っていた彼女も、徐々に彼の存在価値を認めていきます。心を通わせ始め、二人の距離が縮まっていく展開に、心の中で思わず"ナイス♪"って言っていましたね。

彼の誠実さの根幹にあるものは、相手の立場に立って考えるというもの。まずしっかり相手の相談内容を聞いて受け止めます。一方、彼が行うアドバイスは、具体的でありつつも俯瞰的なスタンスに立ったもの(相談相手の立場に立ちすぎない)となっています。

しっかり聞いてくれているからこそ、相談相手も彼の発言に耳を傾けてるんだろうな、と思いつつ、俺はまだまだ出来てないなぁと反省しきり。相談されたら、ついつい問題解決に向けて突っ走ってしまう性分なので、彼の傾聴の姿勢であったり、相手の話を最後まで聞くだけの精神的なゆとりの持ち方であったり、色々と見習うべきものがありましたね。(それでも相談の仕方の要領が悪いと、ある程度端折ってポイントをまとめたがる癖は、なかなか直らないでしょうね。ただ話を聞いてくれるだけでいいのに、のパターンが一番苦手です。何かしら生産性のある活動をしたいと思っているので…。)

作中、いろいろと笑えるシーンがあったのですが、個人的に一番面白かったのは風邪を引いた主夫のかわりに、主人公が娘の友人"マディ"の誕生会に娘を連れていくシーンのやり取り。

"どの娘がマディ?

"ピンクの服の娘!"

"はっは~ん…。ピンクの服の娘か―。"

(このシーン。10人近い娘が遊んでいて、しかも殆どがピンク色の服着ています。要領を得ないちびっ子の発言がとてもリアル。ふふっと笑ってしまいました。)

本作は、誠実な人が起こす正しい行動が周囲に良い影響を与える、という作品です。見終わって最初に感じたことは、ちょっぴりカジュアルな"素晴らしき哉、人生!"だな、ということ。本作を気に入られた方は、"素晴らしき哉、人生!"をチェックされてみると良いかもしれません。

本作、どちらかというと女性向けなように思いますが、男性にこそ見て頂きたい作品です。

古い作品となりますが、映画"クレイマー、クレイマー"にあったワーカホリックな主人公は、"仕事の成功(稼ぎの拡大)こそが家庭の幸せにつながる"という考えが行き過ぎてしまい、家庭内トラブル(離婚の危機)となっていく様を描いた作品でした。本作では、そこからさらに一歩進んで、"仕事で忙しいのは当たり前。それでもなお、家族とのかけがえのない時間をどのようにして作り出していくべきなのか"、といった視点も描かれているからです。

言葉にすると、とてもありふれたものになってしまうのですが、本作ではパートナーの協力を仰ぎながら解決を図っていくという、地に足のついたストーリー展開となっています。

相手の価値を認め、現状の問題点に対してこうしたいという想いや気持ちを伝え、それでもなお解決できていないことを素直に認めるということは、簡単にできるようでなかなかできるものではありません。ですが、それを彼女が吐露したことがきっかけとなって、主夫である彼が改めて彼女の心の支えとなり、家庭の幸せに向けて一歩ずつ前進していこうとする展開に、ハッとさせられるものがありましたね。

誠実な人柄に加えて能力が備わっていれば、自ずと周囲から必要とされるもの。そんな"周囲の人に求められる幸せな人生"を歩んでいけるよう、能力磨きだけでなく人格磨きも頑張らねば、と思いましたし、デニーロのあのキャラクターのような人としての成熟の仕方、素敵な年の重ね方をしていきたいなと思わずにはおれませんでした。

本作をまだ見たことのない方は、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。何かしら共感し、得られるものがあると思います。素敵なシーンも盛りだくさんでしたよ。