ふき

レヴェナント:蘇えりし者のふきのレビュー・感想・評価

レヴェナント:蘇えりし者(2015年製作の映画)
4.0
一八二三年に実際に起こった事件を扱ったマイケル・パンク氏の小説『The Revenant: A Novel of Revenge』を原案とする、先住民と白人の間に立つ主人公が家族の復讐のために極寒の世界を生き抜くサバイバルドラマ作品。
原案の時点で事実(と伝えられているもの)とだいぶ違う上に、原案と映画版もだいぶ違うので、本作は基本的にフィクションだと思った方がよい。

本作には、原案で描いている“面白さ”がほぼない。
原案では、ヒュー・グラスが怪我を負って取り残された秋は、自然サバイバルものとしての「食べること」が綿密に描かれている。ネズミやジリスを獲るために罠を仕掛け、バッファローの死骸を得るためにオオカミと戦い、様々な人々との出会いと別れを経て傷を治していく過程をロジカルに描いている。この辺りはサバイバル教本として読んでもためになるだけでなく、罠にかかったスカンクに体液をぶっかけられたり、獲物は得たのに火がなかったりと、飽きさせない展開になっている。
グラスの身体がほぼ治った冬からは、生き延びることから仇の追跡にお話が切り替わり、対人サバイバル要素が全面化してくる。フランス人と協力しての長期間に渡る移動、絶え間ない先住民からの襲撃とそこからの脱出など、こちらも映像化映えするアクション的見せ場の連続で、前半とは別物と言ってもいいがこれはこれで面白い。
ヒュー・グラス絡み以外でも、各キャラクターの現在に至るまでの経緯、グラスと離れてからの心情、隊とは関係ない先住民や砦の白人たちの生活といった、世界に広がりを持たせる描写も厚い。

本作はそういった原案を構成するディテールとしての“面白さ”をほとんど捨て、大まかな骨子だけを利用している。そこに肉付けされたのは、「絶対に生き延びられない状況におけるサバイバル」という象徴的なお話だ。
「子供を殺した相手への復讐」という強力な内圧と「極寒の極限状態」という強力な外圧で形作られた状況で、先住民と白人の中間を象徴するヒュー・グラスが、侵略者としての白人を象徴するジョン・フィッツジェラルドを追う。その過程で生と死の間、人間と動物の間、信仰と理性の間を移ろい、自らの心の中に入っていく。基本的にはそれ以外の要素はない。食べ物を探すシーンも他者と道程を共にするシーンも治療をするシーンも、「如何にグラスが苦しむか」「如何にグラスが救いを求めるか」を描写する方向であり、意味あるサバイバルテクニックとしては演出されない。いびつな作りではあるが、同時に本作独特の魅力であることは間違いない。
そんないびつな演出と脚本を成立させている最大の要因が、「レオナルド・ディカプリオ氏の頑張り」だ。スタントも使わずに自ら水中に沈み、裸になり、生肉をむさぼる。その異常なまでの根性、意気込み、執着心が、「絶対に生き延びてやる」というヒュー・グラスと重なり、素晴らしい結果を出している。これは誰の目にも明らかだろう。
グラスと対をなす存在としての人間社会、自然、そしてジョン・フィッツジェラルドについては、長くなるので割愛するがどれも素晴らしかった。特にトム・ハーディ氏は助演男優賞を受賞してもいいんじゃない? と思うくらいに。

ここからは、いまいち乗れなかったところ。
本作で一番気になったのは、「確かにレオプリオのヒュー・グラスは凄いけど、“演技”ってこういうこと?」。ディカプリオ氏は凄いことをしているし、グラスの演技をしているところは文句なく素晴らしいのだが、「実際に川に浸かりました」みたいな部分はどうしても俳優のドキュメンタリックなアクションに見えてしまうのだ。オールセットでこの表情や震えを表現していたら、それはマジすげえ演技と思うのだが、実際に冷たい川に浸かって震えているなら、それはただの“頑張り”では?
自然光下で広角レンズを使ったパンフォーカスの長回しも、技術としても表現されているものとしても凄いが、同時に感心すればするほど「ルベツキさんすげー!」と撮影監督の顔が浮かび、作品への没入感は遠のいてしまう。吐息でレンズが曇るほどの接写も同様だ。
そんな具合に、ところどころで出演者やスタッフの自意識が垣間見えてしまい、「アカデミー賞、宜しくお願いします!」の声を幻聴してしまうのだ。まあラストカットの「ここまでやったんだよ! だからいいでしょ!? もういいでしょ!?」と言っているようなアレまでいくと、可愛くなってくるのも事実。
また本作で描かれていることが「最大HP100のキャラクターがHP2くらいでズルズル這いずり回り、低確率お助けキャラに出会って歩を進め、HP0になって意識を失ったら夢の中で低確率お助けキャラに出会って翌朝HP1で目覚める、の繰り返し」だということも、気になる。名匠級のスタッフがよってたかって素晴らしく描写してくれるので、撮影の凄さや映像の美しさを堪能するのは至福だが、この過酷な旅への没入感が損なわれた環境では、長く感じる尺ではあるだろう。

総合的には、原案の小説の方が私は好みだ。どちらも違う味わいがあるので、映画が面白かった方にはぜひ原案も読んでもらいたい。一九七一年の映画『荒野に生きる』も、原案から本作と似たようなアレンジを加えつつも全く違う作品になっているので、見比べると面白いだろう。
事実も調べて地図を片手にフィクションに触れるのも面白いので、グーグルマップでグラスの道程をマッピングするのもオススメ。凄いところを凄い距離移動しているのがよく分かる。

本作を見終わった後、「グリズリー超可愛い! どこかで食べられないかな!?」と探してみたら、絶滅危惧種なので食べられないそうです。残念。日本のクマ肉で我慢しましょう。
ふき

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