真一

シャトーブリアンからの手紙の真一のレビュー・感想・評価

4.4
 1941年、ドイツ占領下のフランス西部ナント。現地を統治するドイツ軍の占領部隊も、ドイツに協力するナント当局も、残虐なヒトラーを嫌い、平和を心待ちにする良識派がトップを務めていた。その良識派に、ヒトラーから命令が下る。

 「ドイツ軍将校暗殺事件の報復として、フランス人150人の命を差し出せ」

 「こんな馬鹿な話はあるか」と天を仰ぐドイツ軍の占領部隊幹部。「フランス人として従えない」と怒りを表すナントのフランス人副知事。当初はこうして良心の片鱗を見せた彼らだったのだが…

※以下、ネタバレ含みます。

 本作品は、知識人や良識派と呼ばれる人々が、いかに体制に迎合していくかを赤裸々に描いたフランス映画の傑作だ。実話ベース。あれだけ毅然と抵抗していたルコヌル副知事が、ドイツに150人のリストを渡してしまうシーンは胸に迫った。ルコヌルは情けなくて、ずるい奴だからだ。そして、私もそうするだろうからだ。ルコヌルは、私自身だと思った。

 文学者出身のドイツ軍大尉ユンガーの言動も、考えさせられる。パーティー会場で、フランス人女性に「ナチスがユダヤ人家族を連れ出すのを見た。子どもの泣き声が聞こえた。許せなかったが、何もできなかった」と熱く語るユンガー。ユンガーは、この女性に好意を抱いたようだ。文学への情熱を口にし、ヒトラー暗殺計画への共感まで口にしたが、女性は彼を冷たく突き放す。「軍服を着ていたのに、助けなかったのね」

 極めつけは、いかにもヒューマニストっぽい教誨師の神父だ。無策の収容所長(常識的なフランス人)を「ヒトラーの命令の奴隷になるのか。良心の声に耳を傾けないのか」と非難する。だが、死を待つ収容者と面会した時、自分が発した言葉が自分に向かってくる。神父も、処刑プロセスの一端を担う歯車に過ぎなかったからだ。セリフ自体はないが、収容者を漫然と見守る神父の眼差しが、それを物語る。

 文学を語り、詩を口ずさみ、ヒューマニズムを賛歌しながらも、非道で野蛮なナチス体制に何ら抗うことができず、気付けば積極的に加担していた良識派エリートたち。圧倒的な暴力を前にした近代啓蒙主義の悲しいまでのひ弱さを、この作品はこれでもかとばかりに描き続け、私たちの心を揺さぶる。

 強権体制下に置かれたら、誰もがルコヌルやユンガーになってしまうだろう。そうであれば、強権体制の芽が育たぬよう、主権在民の精神に基づき今から声を上げなければいけない。この日本でも。そんな思いを抱かせる印象的な作品でした。
真一

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