なべ

夜の片鱗のなべのレビュー・感想・評価

夜の片鱗(1964年製作の映画)
3.9
 英国で3,000枚限定でプレスされた「夜の片鱗」(リージョンフリー)。松竹映画では珍しいヘヴィなトーンをもう一度味わいたいとは思ってたけど、買うほど好きかといわれると…。いや、ストーリー的にはむしろ嫌いなのだ。けど、3,000枚限定といわれたら、日本人として買うしかないでしょ。
 ああ、しょっぱなからイイ! てか何年ぶりだろう。大阪の名画座で観て以来だから、たぶん数十年は経ってる。思春期に観たときよりかなり綺麗にリストアされてたけど、描かれてる世界は黒い。時代が変わった現在の感覚でもかなりドス黒い。
 別に血や内臓が飛び出るような黒さじゃないよ。だけど、ないはずのヴァキナが裂けるように痛かったし、インポになるくらい潰されたキンタマには絶望した。ヤクザどもに輪姦されるシーンは婉曲表現なのに吐きそうになるし、今ならわかる(当時は分かってなかった)共依存の恐ろしさや救いのなさがとにかくしんどかった。途中、何度止めようと思ったことか。
 主人公を演じるのは桑野みゆき。松竹ヌーヴェルヴァーグの一翼を担った実力派女優だ。あどけない未成年から諦めのベテラン娼婦に至るまで、段階を踏んで演じ分けられる芝居の見事なこと。表現の振れ幅が激しいのだ。決して絶世の美女ではないけど、だからこそのリアルさで、観る者の心を抉りにくる。
 これはぼくだけかもしれないが、彼女のエロさもリアルで等身大。思わず過去に付き合った女のリストに入れちゃいそうなくらいの現実味がある。男の背中に回される手の表情の一つひとつが、その時代によって違っててドキッとするんだよね。
 最後、なんで彼女がそんなことをしでかしたのか、筋の通った説明はないが、それを106分かけて描く文学的な手法には打ちのめされる。直接的なエグい描写がなくても、彼女の痛みやみじめさに同調しちゃうのだ。少なくともこんな生活から逃げ出したいって気持ちと、クズな男を捨ててはいけないって気持ちが拮抗して、ああいう行動に結びつくのは充分納得できる。
 (なんでもセリフで説明しちゃう)今の邦画が失った昭和の演出がこうも力強く、したたかに訴えかけてくるとは。わかってはいたけどエグい。15分経ったら観たことすら忘れてしまう令和の邦画とは作品の強度が違う。観たあともずっと心に残る、いや傷となって残る昭和映画の凄みを今さらながら思い知った。
なべ

なべ