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ヴィヴィアン・マイヤーを探してのhのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

「変わり者」、「内向的」。ヴィヴィアン・マイヤーについて尋ねられた人々は口をそろえて言う。15万枚ものネガが見つかり多作だったにもかかわらず、生前に作品を発表しなかったのはなぜだったのか。

なかでもインタビューを受けた一人の写真家ジョエル・メロウィッツの言葉はどれも印象的だった。彼によるとヴィヴィアンは、人間を理解し包み込み遊び心を加える真の写真家。ストリート写真家は、人と接するから雑踏を恐れない社交的な性格の持主だが、同時に孤独な者でもある、外交的かつ内向的な存在。彼女は被写体を丸ごと抱きしめるが自らは引いて存在を消す。
他の写真家も、彼女の視点や構図をほめ、ユーモアもあって悲哀も撮れて、子供の写真が素晴らしく、被写体の人生や風景を完璧に切り取っていると言う。そして彼女の写真に見られるロバート・フランクの構図やリセット・モデル、ヘレン・レヴィットやダイアン・アーバスの写真を影響を挙げる。

ヴィヴィアンに部屋を貸していた女性によれば、彼女は当時の政治経済にも関心があって、新聞が好きで毎日欠かさず読んでいた。ただしグロテスクで不条理、人間の愚かさが露呈した事件に目がなく、レンズを通して生の不気味さを見つめ、人間の負の側面を写していた。そして内面の鋭い感性が衝突を招いてしまうこともあった。
ヴィヴィアンが心に抱えていた闇の部分は、異常に男性を拒絶したことや、乳母でもあった彼女から世話を受けた人々の証言からもうかがえる。彼女は乳母として、社会的には弱者であり貧しい生活を送りながら、いつでも人目をはばからず平然と被写体を取り続けた。

ヴィヴィアンがいつも自分の体系を覆うような服に身を包み、正体を明かそうとしなかったというのも興味深い。例えば10年来の友達も彼女自身のことをほとんど知らなかったり、ニューヨーク出身なのにフランス訛りで話すからみんな彼女のことをフランス人だと思っていたり(彼女の母親はフランス人で、フランスとのつながりを探る中で見つかる一通の手紙が、彼女が写真家として真に抱いていた気持ちを明らかにしてくれるのだが)。他の誰かになりたかったのかもしれないとある人は言う。

終盤で写真家のジョエルが述べる言葉が再び彼女への深い理解に導いてくれる。彼はこう言う。写真家が被写体を通して映し出すものは個々の人間への理解である。彼女が写真に表すのは、優しさ、鋭く感じ取った災いへ至る不穏な気配、ゆったりと甘いひとときであって、驚くべき洞察力と思いやりを持っていたからこそ乳母の仕事に就いた。ある基準が定まると次に出てきた者は常に亜流と評されるが、彼女の写真は違って、新たな基準となりうる何かを見るたびに感じさせる。彼女は被写体にどれだけ迫れるか見きわめそれからシャッターを切っている。つまり彼女は赤の他人とある空間を共有する時、相手が身構えない距離を保ち、自分と被写体ふたつが共鳴するようなここぞという瞬間へと誘う。そして去る。

最後にテープレコーダーに録音されたヴィヴィアンの声が流れる。
「何事も永遠には続かない 車と同じで席を譲るの 終点に着いたら誰かと交代する ここまでよ お隣りへ行って来なきゃ」
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