かわさき

キャロルのかわさきのレビュー・感想・評価

キャロル(2015年製作の映画)
4.2
 Arca(アルカ)というベネズエラ人のトラックメイカーをご存知だろうか?カニエ・ウエストやビョークに楽曲を提供したことでも知られているが、自身の名を冠したアルバムも何枚か出ている(いずれも音楽フリークの間では大絶賛)。言うまでもないが、その才能に疑いの余地はない。
 
 そんな彼の表現の源には「性」がある。彼はゲイであることを公言しており、なおかつその事実を作品の根幹としているのだ。近年の音楽シーンは「LGBT」をテーマにしたものが多いが、Arcaはその急先鋒である。私も何度か彼のステージを観たことがあるが、これがまた凄まじくエネルギッシュ。過激なほど性的なアウトプットは、色情狂と言っても良いぐらいだ。彼が立つステージの周りは、さながら「ゲイパーティー」のようである。

 が、才能ある多くのアーティストがそうであるように、彼もまた順風満帆ではなかった。現在はロンドンを拠点に活動しているが、曰く、「ベネズエラではゲイを表明することはおろか、自分の気持ちに気付くことさえ許されなかった」らしい。現在の彼の強烈な作風が、当時の鬱屈によるものだということは想像に難くない。「性」による制約を越えようとする態度が、カニエ・ウエストやビョークをも虜にする熱量を生んだ。

 この映画もまた、表層的にはクールでエレガントだが、その中身は極めて情念的である。様々に激越な感情が渦巻いているのだ。嫉妬、色欲、傲慢、そして愛・・・。50年代のアメリカは、Arcaの言うところの「同性愛者を表明することはおろか、その気持ちに気付くことさえ許されない」場所である。トッド・ヘインズは時空を超えて、Arcaが打ち勝てなかった権威を打倒した。この映画のエンディングに置かれた、鋭利な刃物で研ぎすまされたようなカタルシスは、その打倒によってもたらされたものだ。

 余談だが、「性」の元々の意味は「生まれながらにしてその人が持つ心」である。それを突き詰めれば、「性」を追求することは自らの起源を探ることに他ならない。
かわさき

かわさき