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博士と彼女のセオリーのNMのレビュー・感想・評価

博士と彼女のセオリー(2014年製作の映画)
3.6
前途洋々だった若者が突然不治の病におかされ人生を翻弄された、ホーキング博士の生涯を描く。
私はホーキングの本は一冊しか読んだ記憶がないが、それでも彼が宇宙について語る場面には感動できた。宇宙の写真や中継を見るのと同じかそれ以上に、人が口頭で語るというのには力があるのだと感じた。疎いからこそ得体の知れない凄みを感じるのかも知れないが。もちろんレッドメインの演技もあってのこと。
ホーキングは天才過ぎるので学業面で普通の学生や院生に参考になるとはあまり思えないが、進行性の病気や、老いに悩む人、介護に悩む人、夫婦関係に悩む人などは関心を持って観られると思う。希望を失っている人にも、その予定はない人も。私のように何も考えていない人でも世界とは人間とは何なのかという疑問自体や気付きを得られる。
得るものがある映画。観る価値あり。

前半は幸せが連続していて素晴らしいが、後半はより深みがあって見ごたえがある。
生活に限界を感じた妻の行動がスマート。そしてホーキングは頑固でもあるが寝る前になり落ち着いて考えたあとは彼女に同意してくれることも。寝る前の夫婦の会話は作品の魅力の一つ。よくわかったよと言ってもらえる安心感、言える勇気と優しさはを改めて知った。
彼には元来の明るさがあることが時々奏功する。ポジティブであることは人生で重要のようだ。特に辛いときに。


60年代。
青年ホーキングは地元オックスフォード大学に入学したが、彼には授業が簡単すぎて全然勉強せず、成績自体は良くなかった。
しかし卒業試験で面接を受けると、試験官はその優秀さを理解したらしくケンブリッジ大学の院へ進むことが認められた。
そこでも勉強しないのは相変わらずだが、出された課題をすば抜けたスピードで解いてみせ、すぐに教授から認められた。

そして文学を学ぶジェーンと出会い惹かれ合った。ジェーンもスマートでウィットに富む人。科学者と経験な信仰者のカップルだが、会話はむしろはずんだ。

時々歩行などで不自然な様子を見せていたホーキング。
ある時大学の庭で転倒し、頭を石畳に強打。
リハビリ生活が始まったが、やがて医師は残酷な診断結果を告げた。
ALS。身体の機能が徐々に麻痺していく。余命2年。思考に影響はないがそれを伝えることができなくなるだろうと。

退院後、寮に閉じこもるホーキング。友人や教授も心配。
ジェーンが無理に部屋を尋ねると、初めてその体の不自由さを目にした。
ホーキングは当然もう関係は終わりだと思っていたが、ジェーンは去らず、仲直り。そして結婚へ。

二人でアパートを借り、やがて長男も生まれた。
だがその間も病気は進行していく。室内の階段は這いつくばって昇降した。一本だった杖が二本に。

ホーキングの研究が認められ、無事博士号が授与された。
次の研究は世界の全てを一つで証明できる論理。原題である The Theory of Everything。

仲間内で祝いの食事会。
ホーキングはスプーンを口に運ぶのもかなり難しい。みんなを見れば何の意識もなく当たり前に手を動かしている。
博士になれたがこんな簡単なことさえできない。ふいに冷静になり嬉しい気分が消えてきた。
少し席を外したがそれすら重労働。やっと階段まで来たが登れない。
二階のベビーフェンスの向こうからは幼い息子が心配そうに見つめている。無理に微笑んで見せるホーキング。

ジェーンはおそらくできるかぎり介助しなかった。ホーキング自身も望まなかったのだろう。
だが今回ついに車椅子をホーキングに与えた。黙って待つジェーン。
ホーキングはしばらく見つめたあと、自ら腰掛けた。「これはほんのいっときだけ」「わかってる」
一番辛くて悔しいのは本人ということをジェーンは深く理解していて、ぎりぎりまで助けないし、気休めを言ったり確証のない希望を提唱したりもしないようす。
やがて次女も誕生。

ホーキングはビッグ・バン理論を発表する。著名な教授が集まって彼の話を聴いた。
数名は馬鹿馬鹿しいと言って部屋を出ていった。
しかり理解した教授たちは感動し彼に拍手を送った。
友人たちも大喜び。彼らの友情は困難を越えてより強固なものになっていた。
彼はネイチャー誌の表紙に。

全身全霊で彼を支えてきたジェーン。さらに二人の子育て。自分の時間はほとんどない。ジェーンはずっと厳しい顔をしていて笑顔の機会が減った。
そしてホーキングは病院が嫌い。介護は受けないというポリシーも持っているらしい。僕たちは普通の家族でこのままでやっていけると思っている。
やがて食事の度に誤嚥して窒息するようになってきたが、それでも受診を強く嫌がる。ジェーンが付きっきりでみるしかない。
長男は徐々に幼いながらも二人を気遣うようになってきた。子供らしい振る舞いが選択肢にない状態をジェーンは不憫に思う。

ジェーンの支えがあってホーキングは今までの成功と幸せを掴んだ。ホーキングは病気の辛さと比肩するほどほど幸せだろう。
しかし子どもは成長し、病気は更に進行し、妻はせめてもう少し自分の時間が欲しいし自分の人生も欲しい。
ホーキングを愛し理解してきたが、その弛まぬ努力を称えてくれる人はあまりいない。彼女も人に苦労を見せるタイプではないにせよ。
称賛を得るのはホーキング、ジェーンは失うほうが多いように見える。
果たしてこのさきも二人でこの生活を続けていけるのだろうか......?


ジェーンが味方だった人たちにまで裏切られるシーンは悲しい。こんなに一人で努力してきたのにこの仕打ち。ジェーンの悲しみや苛立ちはいかばかりだったか。
つらいとき友人に頼ったことすら許されなかった。彼女が圧倒的に強い人だからやれていたが、孤独は感じていただろう。
人の噂や見る目というのは実体がないようでいて実は非常に大きな問題。気にしないとか火を消して回るとか、簡単ではないだろう。イギリスも日本のようにまたはそれ以上に他人からの見た目を気にするお国だと聞く。ジェーンはコミュニティがそう広くなかっただろうから余計辛かったはず。広げようとした結果がこれというのがまた悲しい。

幼い長男がふと見せた様子も切ない。きっと良い子には育つだろうが、子ども時代に子どもであることを謳歌できないというのはいつか支障となって現れることも。ジェーンは直感的にそれを心配している。

前半の幸せ満開だった時期が後半のシビアさを際立たせる。二人はどこかで道を間違ったのだろうか。結果的に良かったのか悪かったのか、映画の鑑賞のみで判断できるものではない。
介護というのはその道のプロに任せるとあっという間に終わらせてくれると聞く。必要かもと思ったときは、食わず嫌いせず早めに何度か模索してみたほうが将来のためだろう。素晴らしい人が見つかる可能性だってある。限界になってから探そうとしても探すこと自体が苦労になるだろう。
ホーキングの場合は上手くいったようだが、それもジェーンのアシストあってのこと。

彼のテーマである時間について、走馬灯のようなシーンを見てほんの少し思いを馳せることができた気がする。私はここでやっと、時間って何なのだろうと思うことができた。
そしてジェーンの半生をみると、愛とは何なのだろうとも思う。
幸せとは、正解とは。色々と示唆を得られる作品。


メモ
ペントハウス(雑誌)......イギリスやアメリカで発売されている男性向け月刊誌。スキャンダル記事や、女性グラビアなど(内容はプレイボーイ誌よりハードらしい)。
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