じゅぺ

サンバのじゅぺのレビュー・感想・評価

サンバ(2014年製作の映画)
3.4
試写会で鑑賞しました。はじめに断わっておくと、この映画、予告編詐欺だと思います。とくに上映前に配られたビラはハートウォーミングなコメディ映画をイメージさせるのですが、実際はそうでもない。予告編の動画なんかは英語版のほうが本編の雰囲気を伝えていますね。今回のギャガの宣伝はイマイチなんじゃないかと、個人的には思います。「最強のふたり」みたいな、ブラックユーモアを交えつつ最後にはしんみりさせてくれる映画を期待すると確実にがっかりします。自分はその方向を過度に望みすぎた気もして、ちょっと反省です。

映画自体はとてもいい出来だと思います。主人公のサンバはアフリカから来た移民ですから、最近の移民事情をある程度知っておくと理解が深まるんじゃないでしょうか。近年、フランス社会の中では移民に対する目線は厳しくなっていて、とくにアラブ系の人に対する差別も深刻なようです。ほかにも、「反移民」を掲げる極右政党の台頭とか、いろいろ問題があります。とにかく、フランスの移民たちにはますます厳しい世の中だ、ということぐらいはわかっておいたほうがいいと思います。登場人物の置かれた環境を考えるうえではかなり大事だし、物語の肝にもなっています。ただ、本編中にも移民たちの置かれる環境を描いたシーンはしっかりあるので、心配はしなくて大丈夫です。たとえば、オープニングからいきなり長回しのシークエンスがあるのですが、そこで働く黒人の姿が映されているので、すぐに僕のいっていることはわかると思います。一方で、日本人の自分にはどうしても実感がわきづらいところもあって、そこはしょうがないのかな、とも感じます。

もう少し本編の部分に触れてみます。サンバと、アリスと、ウィルソンと、みんな社会的には崖っぷちに立たされている人たちです。とくにサンバとアリスは生きることに忙しくて、そこに楽しみなんて見いだせなかった。八方塞がりの状況です。どうしていいかわからない(ちなみにウィルソンはなんだか楽しそうに生きてます)。だけど、そんな奴らが、たまたま出会って、お互い影響しあって、心をかよわせていく。そこの人間模様は注目してほしいです。ここで、サンバが北アフリカから出稼ぎ労働でやってきた移民なのに対し、アリスはもともと大手企業でバリバリ働いていた元キャリアであるという関係も、大変面白いと思います。そんなふたりが同じような境遇にあるわけです。ここらへんは「世界にひとつのプレイブック」とか「最強のふたり」と似ているところがあるかもしれませんね。あと、サンバと、同居している彼のおじとの距離感や関係とか、ウィルソンの行動がサンバの未来とどういう係わりがあるかとか、語りたいことはほかにもたくさんあるのですが、一応公開前だし、ネタバレなしなのでここでやめておきます。彼らがどういう物語を紡ぎだしていくかは、ぜひ皆さんの目で見てくださいね。

振り返ってみるとわりとシリアスなストーリーではありますが、楽しいシーンも、もちろんたくさんあります。劇場でもよく笑い声が起きていました。どの登場人物もどこか抜けている感じがして、ほのぼのした温かさがあります。BGMの選曲もよかった。たのしいダンスシーンもあります。

まずい宣伝を除けば、「サンバ」はふつうにオススメできる、いい映画だと思います。「最強のふたり」とは少しテイストが違っていて、ただ楽しくて笑えるだけでなく、どちらかというと息苦しい、もやもやしたものが残る映画かもしれません。ただ、なぜこの映画のタイトルが「サンバ」なのかを考えてみると結構ガツンとくるものがあるし、感じられるものをたくさん含んだ、見る価値のあるものだと思います。
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