タイトルは「セッション」より、原題であり本作のエンディング曲タイトルの「whiplash」でしょうね。フレッチャー先生の指導はまさにコレ。
良い演奏をしたいという気持ちはどんな演奏家でも変わらないだろう。けれどこのラストの奇跡のプレイは努力を重ねただけでなく何かの先にあり、父親の手も恋人の手も振り切ってひとり立ちしたスタートなのか、それともピークなのか、それとも…と思うと、気づいたら号泣してた。泣きながらそしてそれまでのいろんな出来事が頭の中を駆け巡る。まるでこの演奏のための道のりにすぎないように思えたり、だけど絶対に必要な出来事のようにも思えたり。
ラストで号泣させられる点、デイミアン・チャゼル監督作品に共通している。なんなんだろう。
そしてあのスコアはどこに行ったのだろう。