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赤い唇/闇の乙女のryosukeのレビュー・感想・評価

赤い唇/闇の乙女(1971年製作の映画)
4.5
青い夜に浮かぶ赤いライトから始まる、目に突き刺さる赤の使用、主要人物の他には誰も存在しないかのような広々とした空間にポツンと配置された人物のロングショットとアクション繋ぎによる寄りのショットのモンタージュ、スタイリッシュな俯瞰の挿入を織り交ぜた流麗なカメラワーク、カット割りに、メルヴィル「サムライ」の音楽も担当したフランソワ・ド・ルーベの壮麗でどこか冷たい劇伴も合わさり、格調高い映像に仕上がっている。赤だけでなく、夜の外景の青、イローナが観葉植物にかける飲料の緑など色彩の鮮やかさが際立っている。
ランプシェードに赤いスカーフを被せると、部屋全体が赤い照明に包まれ吸血鬼二人を照らし出し、そのシーン以後何度も用いられる赤いフェードアウトでシーンを締め括る瞬間に赤が全面に出てくる。この色は、吸血鬼映画においては当然鮮血の色の予告でもある。
そんな画面の中に置かれた美しい登場人物たちが更に映画の品格を高める。とりわけ、デルフィーヌ・セイリグの真っ赤なドレスとブロンドの髪を伴った姿はハッとするような鮮烈さを備えている。「赤い唇」で微笑する表情の吸引力、抗い難い蠱惑的な魅力を目にすると、彼女は吸血鬼という役柄に相応しい格を有している女優なのだということが分かる。「ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン」の乾いた女とは思えないこの振り幅。
もう一人の吸血鬼役を演じたアンドレア・ラウはセイリグとは異なり表情に乏しい役柄で、キュートかつイノセントな魅力を有しているその顔、目と綺麗に整えたショートカット(ルイーズ・ブルックスに似せたらしい)が印象的。この二人が異なる女の魅力を全て網羅しているのではないかとさえ思わせる。
主人公が異様に恐れている母の謎と吸血鬼の謎を二本同時に走らせる構成がミステリアスな空気を生み出すのだが、前者が宙吊りのまま終幕したので、ここが上手く最後の方に回収されれば完璧だっただろうか。
伯爵夫人がステファンを愛撫しながら、二人が交互にバートリ・エルジェーベトの残虐な逸話について語るシーンで、ステファンが死体に異常な興味を示していたことから伺える残虐性が表れ、怯えるヴァレリエとの切り返しが少しずつズームで寄っていく。吸血鬼に取り込まれそうなステファンを的確に演出する。
彼の暴力性が遂に発露されるベルトを用いたSMシーンは、窓の外を往復するトラッキングの窃視的なショットと、雷鳴、荒波がモンタージュされ、彼の性質が荒々しく誇張される。
ヴァレリエと伯爵夫人が夜の街路を二人で歩くシーンに至ると、二人は共に白い衣装とブロンドの髪を揃えており、今度はヒロインを取り込もうというところで色を同期させる。
冒頭の列車のシーンから激しく官能的な描写があったが、これが最大限に高まるのがイローナとステファンのベッドシーンである。体に手を伸ばすステファンに対し、イローナが腕でガードをして頭をステファンと反対方向に倒していき、互い違いの姿勢をとる。イローナの手が体の上をゆっくりと滑っていくと、反対側からステファンの結婚指輪を付けた手が伸びてくる。
吸血鬼らしく流水に怯えるイローナに無理やりシャワーを浴びさせると、イローナの指が化粧品の列を撫でるように滑っていき、カミソリを掴むと鮮血と共に悲鳴が上がる。二人がもつれ合って倒れ込むと、イローナは自らの手で体にカミソリを突き立ててしまい、その目がカッと開く。即座に俯瞰ショットが挿入され、一瞬の惨劇の事後を冷徹に見つめる。
浜辺で死体を遺棄するシーン。そんなに重いはずもないイローナの死体がステファンに纏わりつく様子と崩れる砂のカットバックが、死者が生者を生き埋めにしようとするかのような様相を呈する。「死体を売る男」「血みどろの入江」などもそうだが、死後間もない遺体にはまだ何かが残っており、それが生者を道連れにしようとするというのは個人的には好きな描写。
素手で砂浜を掘るステファンの愚かな姿がヴァレリエの失望を決定的にしたのか、彼女はステファンのもとを離れていく。それを追ってきた伯爵夫人は、遂に吸血鬼らしく黒いマントを広げ、ズームアウトで超ロングショットになった瞬間にヴァレリエをマントで包み込む。そうであれば、ヴァレリエと伯爵夫人が赤いスカーフのかけられたランプシェードによる赤い部屋に二人きりになるのも必然だろうか。心情変化は色で示す。ヴァレリエの瞬き一つしない見開いた目が、彼女が一夜にして完全に変わってしまったことを伝える。
蝋燭と銀のドレスの光芒が十字の形に伸びる運命の部屋(「ベロニカ・フォスのあこがれ」にもあったな)で、男は奴隷、おもちゃ、快楽を女に求めているだけだという伯爵夫人の言葉を裏付けるように、ステファンは暴力でヴァレリエを支配しようとし、吸血鬼二人によって男性性が断罪される。料理を載せた台が滑り、食器が落下する。ガラスの容器をステファンの顔に押し付けると、ステファンがカミソリで首に傷を付けるシーンの不穏な予感が現実化し、割れたガラスが嘘のように彼の両手首を切り、吸血鬼の本能が発動する。
美しい女の連帯が永遠のドライブになることを願いたいところだが、光より速く!(吸血鬼に最も適した言葉だ)と急かす伯爵夫人が生み出す性急なリズムと、クライマックスにおけるドライブというシチュエーションから、何が起こるか分かってしまい、これを逃れることはできない。とはいえ、そのイメージの跳躍力は期待を超えてくれる。飛来、串刺し、爆発炎上。それでも心配することはないのだろう。夫婦と出会うシーンの伯爵夫人と同じ台詞回しをするヴァレリエによって、吸血鬼の精神は引き継がれていくようだ。
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