ポルりん

東海道四谷怪談のポルりんのレビュー・感想・評価

東海道四谷怪談(1959年製作の映画)
4.7
数ある「四谷怪談」の中でも最高峰であり、怪談映画としても日本映画史上不滅の名作と言っても過言ではない作品。


あらすじ

浪人・伊右衛門は、仲を裂こうとする恋人・岩の父親を秘密裏に殺し、彼女と共に江戸へ逃げた。
その後、伊藤家の一人娘を助けたことから、伊右衛門に婿入りの話が出て、たちまち彼は岩を疎んじ始める。
伊右衛門は薬と称して、岩に毒薬を飲ませるが……。


これまでいくつもの怪談映画を鑑賞してきたが、個人的には本作が一番完成度が高い作品だと思う。

演出・撮影・音楽・美術・照明・演技、ありとあらゆる面で非常にレベルが高い。


その中でも特に素晴らしいのは、妖しくも美しい背景である。

江戸に向かう途中、伊右衛門の背後でなびくどこかしら寂し気な野原、伊右衛門とお梅の浮気現場に差し込む芸術的な夕日、お岩を殺害を決心する背後にある死臭漂う雰囲気とそれを助長する蛙の不穏な鳴き声。

そして、お岩さんが亡くなる部屋の薄暗く妖しく怨念じみた雰囲気。

いずれの場面も、一コマ一コマが芸術作品としか考えられないような、日本古来の美を表現した非常に美しい映像なのだが、同時に視聴者に死を連想させるような死の匂いのようになものが画面全体を覆っている。


このような素晴らしい映像を作り出しているのは、国宝級の素晴らしいスタッフの色彩設計などもあるが、個人的に決定づけているのは主演の伊右衛門を演じている天知茂だと思う。

パッと見は美形でイケメンなのだが、自己中かつ冷血な雰囲気を漂わせており、同時に煮えたぎる人間性や優柔不断、病的なまでの神経質さ、そして天知茂が放つ悪のオーラが死を連想させるような死の匂いを生み出している。

また、伊右衛門はキング・オブ・クズである「School Days」の伊藤誠とかなり酷似している所があり、観ていていい意味でイライラしてくる。

女好きでエゴイスト、そして超が付くほどの悪党であるが、悪事を働く時は目をオドオドさせなかなか決断しないヘタレである。

そして悪事を働く時は周りから唆され、周りに責任を擦り付けれる状態で初めて行動する。


伊右衛門「お岩を斬ることなど拙者には出来ぬ!!」


と言いながら、平気で毒薬は飲ませられる。

このような救いようのないクズでありヘタレを天知茂はしっかりと自然に演じているので、それがお岩さんの亡霊によって追い詰められている様子を緊迫感あふれる映像を作り出し、そして恐れながら誤って周囲の人々を斬り殺す伏線に強い説得力を与えている。

正直、天知茂を超える伊右衛門は未来永劫現れないと思う。


このように本作では天知茂が神懸った演技をしてるのだが、お岩さんを演じた若杉嘉津子も負けず劣らずの素晴らしい演技を見せている。

今の時代の女優が時代劇の女性を演じた場合、どうしても現代の女性が江戸時代の恰好をして演技をしているようにしか見えないが、若杉嘉津子は時代劇の女性をしっかりと演じており、まるで江戸時代の女性がそのまま映像に映っているようである。

そして日本人特有の儚くも美しさも見事に演じており、作品全体に漂う死の匂いの中に儚い美しさを生み出している。

また、美しさを表現しているだけではなく、恐ろしさもしっかりと生み出しており、生気のない弛緩しきった死んだ表情、そしてその中に潜む静かでおどろおどろしい怨念じみた漆黒のオーラを見事に演じ切っている。

正直、このおどろおどろしい姿は何度観てもゾッとさせられる。

もしリアルで釣りをしている時にこのお岩さんの亡霊に遭遇したら間違いなく失禁+脱糞+失神するだろう・・・。


若杉嘉津子の演技も素晴らしいがスタッフも国宝級に素晴らしく、職人芸と言わんばかりの照明の光と影の演出、芸術的に薄気味悪い特殊メイク、そして昔の怪談映画特有のおどろおどろしい怪奇な音楽や効果音が、只でさえ恐ろしいお岩さんを日本最高クラスの亡霊へと昇華している。

キャスト・スタッフが一丸となって怖がらせてやろうという心意気がビシビシ伝わってくる。


幾らCGなどの映像技術が発展しても、時代劇をしっかり撮れる作り手も演じれる役者もいない現在では本作以上の怪談を製作するのは不可能に近いだろう・・・。
ポルりん

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