晴れない空の降らない雨

殺されたミンジュの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

殺されたミンジュ(2014年製作の映画)
1.5
 ミンジュ=民主を誰が殺すのか、という寓話的な作品。

 なぜか参議院議員会館で試写会をやって、しかもSEALDsの人がトークするというので、よほど政治的な内容なのかと身構えて行った。確かにめっちゃそうなんだけど、抽象的な社会批判はたくさんあるものの、具体的な問題が取り上げられるわけではなかった。それこそ安保のような具体的トピックで活動しているような人が、特別にコメントすべき映画とは思えず、同席の韓国人ジャーナリストの方がずっと有益だった。韓国ではキム・ギドクと園子温の類似性が指摘されているとか、まさに自分が日頃思っていたことだったので膝を叩いた(心の中で)。
 もちろん、両者の類似性はキム・ギドクを極めて一面的に捉えてしまうものであって、彼の最も優れた作品たちを園子温と比較するのは馬鹿げている。キム・ギドクが『冷たい熱帯魚』を撮っても驚かないが、園子温監督『うつせみ』なんてものがあったらひっくり返る。
 だが、今作はダメだ。自分は『嘆きのピエタ』観たときすでに「なんか違うな」と感じたものだが、それ以降の作品には全く興味を惹かれず、評判も悪かったのでスルーしてきた。で、何となく応募したら当たったので観に行った今作も、不安的中だ。園子温とダメな点で似すぎている。全てがわざとらしい。登場人物に語らせすぎている。カップルの会話の時点でウンザリしてしまった。
 このわざとらしさ、リアリティの軽視をどう取るかが評価の分水嶺になるかと思うが、今作にはリアリティや理屈を飛び越えるような、映像の詩的強度つまり迫真性を感じられなかった。はっきり言って、幸福の科学が作ってるアニメ映画みたいだと思った。思考(思想)をすぐ登場人物に言わせちゃう。それが物語の流れにハマッてないから、不自然。浮いちゃう。(ただ、カルト宗教の布教映画と違い、「キム・ギドクの言いたいこと」を押しつけるのではなく、様々な立場の人々が様々なことを言い、そのどれもが共感できてしまうところは良かったと思う。人間の弱さに対するキム・ギドクらしい眼差しがうかがえる)

『サマリア』『うつせみ』のキム・ギドクよ、カムバック!

 ……というのがこの映画に対する俺の感想だが、それとは別に興味深いのは、先日観た『ヒトラー暗殺 13分の誤算』と同様の「思考停止」を本作もまた扱っている点だ。詳しくは『ヒトラー暗殺』のレビューで書いたから繰り返さないが、ひと言でいえば、ミンジュ=民主を殺すのは、この種の思考停止なのだろう。
 まるで接点がないとはいえ、同じ資本主義と議会制民主主義そして官僚制を採用するドイツと韓国という2つの国の、優れた映画監督たちが、今、同じような問題を取り上げたことに、何らかの同時代性を感じずにはいられない。しかし、映画という形式にどのように収めるかという点に関して本作は格段に劣る。