幽斎

ピエロがお前を嘲笑うの幽斎のレビュー・感想・評価

ピエロがお前を嘲笑う(2014年製作の映画)
4.8
珍しいドイツ原産のハッキング・スリラー。ドイツは人の捉え方がハリウッドとは異なる視点で面白いが、エンタメに欠ける嫌いが有る。しかし、本作はドイツの肌触りを残しつつ、きちんと娯楽要素も有り時代の様変わりを感じる傑作だ。

綾辻行人「十角館の殺人」。叙述トリックの傑作として知られるが、主人公の重要な部分を意図的に隠し、見る側の先入観を利用する事で誤った解釈を植え付け、最後に引っ繰り返す。ミステリーの世界では「新本格」と呼ばれ氏の功績は大きい。本作はそこまで鮮やかで無いにしろ、伏線の回収も丁寧に過ぎる位。ハリウッド・リメイクも大いに期待したい。

実社会でも仮想通貨が使われ、ブロックチェーンやダークウェッブがニュースで聞かれる程だが、そのサイバースペースの見せ方が上手い。「マトリックス」の様なデジタルの可視化では無く、地下鉄を使う辺りにセンスを感じる。其処にテクノ音楽を被せる事で、肝で有るアンダーグラウンドの世界を誰にでも分り易く見せる工夫は秀逸の一言。

本作のトリックは賛否が別れる様ですが、あの名作と同じく最初のどんでん返しをミスリードとし、2度目のどんでん返しを見せる。精神疾患者による多重人格と言えば、あの名作ですが、証人保護と言う法的ルールを付け加える事で、トリックに縛りと深みを与えている。敬意を表してポスターまで登場する遊び心が面白い。角砂糖のシーンは有名ですが、他にも薬莢のシーン等ミステリーとしての謎解き要素も有り、頭の中で付箋を付ける作業が結構あり楽しめた。

ポイントはTrine Dyrholm(ハンネ)が真相に気付いたのは何処か?、私はそのまま角砂糖の数を見た車内だと思います、Tom Schilling(ベンヤミン)が与えられた5分のチャンスをモノに出来たからこそ外へ出る事が出来た。彼は冒頭で彼女の人となりをきちんと見抜いてる発言をしてます。流産で子供が産めない事を言葉は悪いですが利用する事で、彼女の心の隙間に入り込めた。そして彼女自身も同僚が母親と親しげに電話で会話するシーンを見て決断した様に、時系列に沿って見せるフェアなスリラーです。

叙述トリックについて話しましたが、本作の主人公は何を隠したかったのか?それは「仲間」です。透明人間に成りたいと学校を嫌ってた彼が、奉仕作業で知り合った仲間を一番大切にしたかったのではないか、自分だけ助かるのであれば、ここまで策は弄しなかった。主人公の成長とトリックのサジ加減が絶妙で、単なるオチありきの作品では無い。

本作はマインドファック・ムービーと言うらしいが、Quentin Tarantino「レザボア・ドッグス」David Fincher「ゲーム 」と同じ系統。アラが無い訳では無いが、ホラー要素に逃げない正統派のスリラーとして極めて良く出来ている。満点を付けないのは、これだけ細密に仕掛けた割にはラストが静かすぎる。例えば成績の悪い彼女が、実は秀才で彼女がこのグループの黒幕だった、とか。この辺りが冒頭で述べたドイツ映画と言うか、言う事は言ったので的な満足感で終わった点が残念と言うか惜しい。

何度も言いますが、スリラーは騙されてナンボ。映画は楽しく見たいものです。
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