Tully

いつだってやめられる 7人の危ない教授たちのTullyのネタバレレビュー・内容・結末

3.3

このレビューはネタバレを含みます

肩の凝らない、B級よりはやや上質の喜劇映画です。それだけただ、監督たち、制作側に大卒が居なかったらしくて、アカデミズム批判ってのが、実際にはどの程度リアリティがあるか自信がなかったみたいだが、その点はあまり問題はない。問題なのは、「プロフェッソーレ」 を 「教授」 って訳してしまった邦題の訳者にある。つまり、確かに原作者たちはイタリアのアカデミズムを知らずに、大学で教えている人を 「プロフェッソーレ」 って呼んでるのだけど、イタリア語には 「先生」 という軽い意味もあってそれはそれでいい。だけど、日本語での教授は 「テニュア」 がある人たちをいうので、まさにこの映画では学識は十分にあるし、教える能力もある。だけど、大学での 「テニュア」 を得ることができないので、バイトで食いつないでいる人たちが描かれている。そのあたりが全く伝わらない。例えば、「オーバードクター」 たちにすれば、日本人にもよくわかったはず。大学就職浪人とか、なぜそこに思いを致さなかったのか、指摘しておきたいのです。原題は、「プロフェッソーレ」 それ自体がなく、単に 「自分が望むときに、辞める」 で、「いつだってやめられる」 も可能な訳の範囲内だと思います。つまりここでは、大学の非常勤を辞めさせられるんじゃなくて自分から辞めてやるっていう意味と、習慣性の薬物について辞めようと思えば辞められる程度にしか使わないという二重の意味を掛けているのです。このシリーズは黒沢に始まり、「荒野の七人」 とかで一種のクリッシェとして完成された1つの映画のお作法に則って、それぞれのオーバードクターたちの生き方が語られる。大卒だっていうことを隠して、言葉使いも労働者階級的にごまかしてみても、滲み出てしまう教養がバレて不採用になるとか、そう言った視点からみるとかなりおかしい。晴れて離婚できた今、警部殿との関係も気になるし、まだまだシリーズは続けそうなそんな感じがします。
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