エソラゴト

アメリカン・ドリーマー 理想の代償のエソラゴトのレビュー・感想・評価

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舞台は1981年初冬のニューヨーク。

そこから連想するのはこの物語の数ヶ月数週間前であろう前年の12月にジョン・レノンがファンによる凶弾に倒れたあの出来事。ロックファンのみならず全世界の人々に深い悲しみと衝撃を与えた事件。銃が誰でも簡単に手に入り所持する事が出来るアメリカ社会の異質さに当時子供ながらに違和感を覚えた記憶が鮮明に残っている。

原題の『A Most Violent Year』の文字通り1981年当時のニューヨークはアメリカ随一の犯罪都市であり銃社会アメリカを象徴する暴力に染まった年でもあった。

そんな中、主人公アベルは自ら営む灯油販売会社の経営者として事業拡大を計画し人生を賭けた大勝負に打ってでるが、次々と様々なトラブルに見舞われその目論みもあわや頓挫寸前-。手中にしかけるもするりとすり抜けたアメリカン・ドリームを再びたぐり寄せる為にあらゆる手段を使っての奔走を余儀なくされる。

移民であるアベルは野心家でありながら誠実さ実直さを併せ持つという二律背反な人物。そんな夫を影で支えるマフィアを父に持つ妻のアナは夫とは性格や考え方がまるで正反対の現実主義者。物語中盤の車での移動中に起こるあるハプニングはそんな2人の価値観の違いを如実に表すエピソードとして実に分かりやすく描かれている。

この難局と試練を乗り越える為に必要だったのは、夫アベルの今まで培ってきた強い信念と誠実さへの拘り、そしてあくまで現実を直視し未来を見据えていた妻アナの先見性と狡猾さ。そして夫婦として家庭人としてビジネスパートナーとして強く結ばれた信頼関係-。それはポスターヴィジュアルで2人が並んで同じ方向に真っ直ぐに見つめている強い眼差しで確認する事が出来る。

ラストの真っ白な真冬の雪の上に飛び散った赤い鮮血、流れ出る油のドス黒さ-。息を呑む程に美しいそのコントラストはこの夫婦の関係性を表しているのか、それともアメリカ社会の縮図を示しているのか…。

終盤にラジオから流れてくるのはレーガン大統領就任を報じるニュース速報。70年代のオイルショック後の停滞感と閉塞感から脱却し、レーガノミクス政策による景気回復前夜の高揚感や開放感が漂うニューヨークの街で起こるある夫婦の約1ヶ月間の攻防を、過剰な演出や音楽を極力排除し緊張感溢れた見応えのある作品に仕上げた監督J.C.チャンダーの力量には感服。

同年代を描いた『フォックスキャッチャー』にも通ずるアメリカ社会の見えない裏側や闇を描いた傑作であることは間違いないだろう。