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あんのhilockのレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
5.0
河瀬直美初鑑賞。ハンセン病を物語の中心にすえながら、人生に空白を持つ人々が織り成す人間模様。しかし、映画から元気をもらうというスタンスではなく、明日は今日より・・・という大望的な作品。病的差別と犯罪者の復帰を拒む社会的差別を根底に置きながら、精一杯生きることの重要性を描き出す。タイトルは、どら焼きの中心である『あん』から来ていることはまちがいないのだが、そのあんを媒介した千太郎と徳江の二人を中心にうまく描いている。
どら焼きに対する執念はなく、生きるための仕事としてどら焼き作りをする千太郎は、日々を単調に生きている。かわは作れるが、あんはうまく作れないという背景に、あんへの情熱=内面の不欠如として描かれ、日々の活気のない単調な生活、生きる希望のないことを物語る。
一方、徳江はまっとうな生活を圧し殺した人生で、唯一得ることのできなかった働きたい気持ちをふと見かけた和菓子屋に託す。どら焼きはあんが大事よ!と力説するフレーズは、千太郎への強烈なメッセージとなる。
また、店に来る女子生徒も同様で、未来はあれど、一日をなんとなく過ごしている。そんな女子生徒の一人、ワカナは目の前の大きな変化に戸惑い、他の生徒とは馴染めない。社会に飛び立つ大人の階段を同学年の子供たちよりも一足先にかけ上がる辛さを内面に秘める。この少女を本作に登場させることは作者ドリアン助川が現代の若者の悩みを聞き、メッセージとして入れ込んだ答えである。必死になって生きることの難しさ、なにか人にしてあげようという他者へのやさしさだけではなく、人生を必死になって生きることの意義を一会という偶然の中に表現した見事な作品である。
『あ』から『わ』に挟まれたひらがな表のように、人生にぽっかりとした大きな空白を抱えて生きている人々が再生するドラマである。
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