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あんのKHのレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
5.0
多分4度目の鑑賞。
河瀬直美監督は自身の原案だと抽象的になり過ぎて難解になるが、「あん」はしっかりとした原作のある作品なのでマス向け視点もあり、かつセリフに頼らず映像でしっかり魅せており、監督の作品の中で「朝が来る」と並んで最も完成度の高い作品になっていると思う。
まずこの映画の凄い所の1つは、ハンセン病という社会問題を扱っていながら、そこにクリエイターの思想や啓蒙の押しつけによって陳腐化していないところだと思う。この映画は樹木希林演じるハンセン病を患っていた徳江さんという人物への同情の眼差しを排除している。「ハンセン病だから」という枕詞を消して、徳江さんという一人の女性を魅力的に描いている。徳江さんは自分たちが同情するほど弱くもないし、少しの厚かましささえある程だ。だからこそ可愛らしく意地らしく魅力的な人物になっている。餡を2人で作るシーンは何度観ても美しく名シーンだと思う。何回も観ていると所々笑えてくる。
もうひとつこの映画の凄い点はセリフで語らずに映像で語っているところだと思う。河瀬監督の映像は動的だと思う。映像は視覚と聴覚にのみ訴えかけるという限界を飛び越えて、この映画ではそこにいる人の感情や感覚までもが映像を介してリンクする。
またこの映画は物語の構造自体の残酷さがある。この映画に出てくる差別は決して教科書に載っていて学校で勉強したような差別でなく、一人一人の消極的な選択肢によるもので、かつそこに正義までもが介在しているようなものだと思う。だからこそ観客はこの映画を受け取る単なる客体ではなく、映画によって批評されるものになる。またこの「消極的な差別」は大々的に描かれていないものの、徳江さんを店に出すことを躊躇するシーンなど序盤の主人公にまで存在している点も忘れてはいけない。
最後のシーンの美しい映像と共に入っている語りのシーンは、通常の自分だったら興醒めしてしまうが、監督が本当にそうであると、心から信じているからこそしっかり作品になっているし、ちゃんと観客まで届いている。
何度も観返したくなる映画は決して物語の完成度が高いかどうかでなく、もはや映画自体の物語性を卓越して、映画の中の人物が本当にそこに生きているかどうかだと思う。だからこそ「あん」も映画を観返すという表現より、徳江さんに会いに行くという表現の方が感覚的にずっと近い。
最後に「あん」は監督の作品の中で最も完成度(バランス)が高いと思う。もちろんバランスが取れていなくても1つの部分が突出した作品もあり自分の中で監督の一番の作品かと聞かれると悩ましいが、それでも監督の傑作だと思う。
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