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道成寺のmidoredのレビュー・感想・評価

道成寺(1976年製作の映画)
5.0
言わずと知れた『道成寺』を人形アニメーションにした作品。

セリフもモノローグも全部頭の中に自動生成される精度の高い動き、映し方、間。完璧です。人の情念の凄まじさ、恐ろしさ、そして悲しさに打たれます。

『道成寺』といえば思い込みの激しいストーカー娘と不運なお坊さんの物語くらいの認識でしたが、これまで自分が考えていた『道成寺』がいかに表面的であったのか思い知りました。

髪振り乱し、足を血だらけにしながら必死で追いかけるしかない娘の姿は、恐ろしいと同時に哀れです。誰かを想う心の激しさ苦しさを知る人にとってこれは己の姿でもあります。

腹の底から無限に込み上げる情念の炎。それに身も心も飲み込まれて、愛しかったはずの相手まで追いつめる業の深さ。血の涙がすべてを語っていて本当に悲しい。

凡人にとってさえ恋愛にはこの側面があるのではないでしょうか。平和な恋愛でも人を好きになるのは時に辛いことであり、だからこそ喜びもまた深い。最中にいる人々にとって恋愛とは正邪善悪を越えた狂乱の祭です。

それが大自然のエネルギーと一体化して、大河の激流や業火の凄まじさとなりラストまで突き進むあたり、自然と自我が渾然一体となった日本的な世界観を感じました。また、情念の激しさと無常感ただよう静かなラストの緩急は言うまでもなく仏教的であり、どちらも馴染み深く染み入るようでした。

前世に置いてきた感情のアレコレが深く揺さぶられる作品でした。物語がすでに傑作の大定番であるにしてもすごい表現力です。

疾走後の激しい呼吸のまま、ようやく追いついた男を見る娘の、放心したような、あるいは血走った目でただただ凝視するような姿など、人形なのに人間のように生々しくて夢に出てきそうです。

逆に日頃楽しんでいたラブストーリーとは自分にとってなんだったのかと思います。見ている間の振る舞いもサッカー観戦中のサッカーファンとほぼ変わらず、どちらも他人のプレイを楽しく観戦しているわけですから、恋愛ドラマ鑑賞とはスポーツ観戦だったのかもしれません。
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