さよなら三千回

母と暮せばのさよなら三千回のレビュー・感想・評価

母と暮せば(2015年製作の映画)
1.0
この映画は何かおかしい。ラストシーンまで見ればわかるが、浩二は幽霊ながらに映画を観にいけるようである。つまり、家に縛られているわけではなく、自由自在に動けるらしいのだ。それなのに、浩二は母と暮らす。“母と”暮らす。
穏やかな撮り方で物語は悲惨に向かっていく。ただ、亡き息子と盲目的に暮らす母は幸福である。
浩二は映画は見るが(つまり、見ようとすれば今の現実を見ることはできるのだが)、「寂しいから見ようとしない」らしい。浩二と母は、生死の違いはあっても実在していて、現実に生きているはずなのに、二人は過去の世界を夢想する。確かに過ぎ去ったものは美しい。だが、思い出を軸として逢瀬を重ねる二人の結末は往々にして悲しすぎる。
冒頭のシーンで、幽霊息子の登場をあまりに自然に受け入れていたのが薄ら寒い。母はあの時すでに過去を見つめて、生命を放棄していた。
井上ひさしの母への慕情はとてもグロテスクで、この映画は戦争を抜きにして考えれば、母への妄執を込めた歪んだラブレターなのだ。
母とは暮らすな。昔の恋人なんて放っておけ。定義を、常識を時代を疑え。浩二は女を抱くべきである。酒を飲んでみるべきである。死者を笑い飛ばすべきで、死因をジョークにしてみる必要がある。本当に悲しんでいるなら、賛美歌を歌って祈っても何も変わらないのだ。
母とは暮らすな。無論、心中なんて流行らない、というのが私の意見です。