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恋人たちのmOjakoのネタバレレビュー・内容・結末

恋人たち(2015年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

小学校の授業で教科書に載ってた文章とかで妙に大人になっても覚えてるのとかってないですかね。個人的に何故だか覚えてる短編のストーリーがあって、主人公は婚約を申し込まれてるんですけど華やかな世界にまだ憧れを持ってて結婚する事でそうゆう世界に触れることは永遠になくなってしまうんじゃないかと恐れて婚約を迷っているんですね。「グレイの層」という作品で主人公は最終的に婚約し自分のグレイの層のなかで日常の何気ない幸せを選んで終わるんですが、そのきっかけとなるのが電車の車窓から何気なく見えた川の美しさに感動したから。非常に今回の「恋人たち」に通じる事を語ってるんじゃないかと。「グレイの層」映画化だくらいに思いました。

ただこの作品、個人的に今出来れば積極的に目を背けていきたいものが映っていて正直見に来たのを後悔するレベルでキツかったです。要は我々の生活のすぐ隣に確実にあるであろう現代日本社会のグレイの層のリアルな生活が剥き出しになっているってことなんですけど。例えばこの手のリアルなキツイ現実を見せる映画って「ブルーバレンタイン」とかがありましたが、でもあれだって出てるのがミシェルウィリアムズとライアンゴズリングであくまでフィクションとして認識出来る余地があった。今回は出てくる俳優もほとんど新人なのでそうゆう構造にも甘えられない作りで、全編悶絶しながら鑑賞しました。それだけこの作品がよく出来ているってことなんですがね。。
主人公は3人いてそれぞれ社会的立場や境遇の異なる日常が交互に描かれていきます。まずオープニングが素晴らしいなと思って。妻を通り魔に殺されてしまった男の独白をものすごいアップで映していて、単純に画面の圧迫感がすごいのと散らかった部屋の様子などで詳しい説明がなくともこの男の背負っているものの只事じゃなさが伝わってきます。3人の中ではこの人のパートが1番ハードで、不寛容でままならない社会に追い詰められていく過程は本当に恐ろしかったですね。特に市役所シーンで対応する奴はマジで殴っていいレベルだと思って、座席で怒り狂ってました。犯人を殺すことも出来なければ自分を殺すことも出来ない弱さがすごくリアルだなぁと。
2人目は日常に退屈していて、唯一の楽しみは過去に友人と皇室を野次馬したビデオを見ることという専業主婦。個人的にこのパートが1番リアルで自分の実家の食卓を見せられているような居心地の悪さがあります。小説を書いたりしてわかりやすくここではない何処かの幻想を追い求めた挙句光石研演じるクズについて行っちゃうんですが、まぁしょうもないし笑っちゃうんだけど誰もが共感する辺りなんじゃないかぁと。出来ることならつまらない自分の日常からは逃げ出したいじゃないですか。経年感や退屈さを文字通り捨て身で体現した女優さんは本当に素晴らしかったんじゃないでしょうか。
3人目はゲイの性格最低弁護士。社会的には地位も金もあるし1番恵まれてるとは言えるし、はっきり言って途中までは感情移入不能な最低野郎として描かれます。ただもちろん彼には彼の事情があって性的マイノリティであることを公言して堂々と生きてるように見えてもやっぱり生きづらさを感じてるんですね。特に思いを寄せる親友との関係が無理解ゆえに破綻してしまうところはこの映画ほぼ唯一のエモーショナルな切ないシーンだと思いました。

三者三様に現実に叩かれてとことん追い詰められていくんですが、最後にかすかな希望というにはささやかな救いも描かれます。主婦にとっては子供が退屈な現状を変えるかもしれないし、弁護士にとっては依頼人の幸せが自分の幸せになるかもしれないと。ただ個人的に最も感動的だと思ったのは、妻を失った男のラスト。もちろん職場の話を聞いてくれる先輩(こうゆう人いるよなぁ)にちょっとだけ心を開いたことが彼にとっては支えになっていくんだよなぁと。ここだけで十分感動的ですが、真に素晴らしいのはその後。いつもと変わらず船で橋の点検をしているんだけど、ふと見上げると青空があってまた前に進んでいくところで終わるんですね。そこでエンドロールに入ってそれまで圧迫されるような窮屈な画面がパッと広がって船から見た日常の東京の風景が映し出されます。要するに「グレイの層」にしろこの主人公にしろ何に救われてるかって日常の中にある美しいものを見たり、感じたりすることなんですよね。この辺は「ぐるりのこと」のも通じるテーマかなと思います。こうゆう瞬間って現実にも確かにあって例えば毎日が死ぬほど辛くてもそれを乗り越えた所で腹一杯美味しいもの食って、帰り道でipodから好きな曲が流れて、目の前に綺麗な景色が広がってたらなんか生きてるのも悪くないって思えることもあるじゃないですか。言葉で言うと陳腐で簡単なことに思えるけど、普通の映画が大仰に描くいわゆる感動なんかよりよっぽど難しいものを描こうとしてると思うんですよね。

感動しました。素晴らしい映画だと思います。が、多分当分は見直さないだろうなぁと思うくらいある意味自分にとって強烈な体験でした。ホラーとか残虐なものなんかよりよっぽど生々しい現実を見せられる方が辛いなと。10年後、20年後に見直して自分がどう感じるのかを確かめたいです。
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