秋日和

ナタリー・グランジェ(女の館)の秋日和のレビュー・感想・評価

3.5
ジャンヌ・モローの吸う煙草の灰がじりじりと伸びていく様は、ジェラール・ドパルデューがどれ程の時間をその場所で過ごしたのかを気づかせてくれる、時計のようなものだった。
ナタリーと名付けられた少女が乳母車を放り捨てる様は、彼女の内的暴力を見せつけはするけれど、その行動の後、フレームの中に移り込む横たわったキックボードは、彼女がそのようにモノを乱暴に扱うことが日常であるのだと静かに教えてくれる。
ボートに乗り、ピアノを弾き、煙草をくゆらせ、黒い布を纏って外を歩く。退屈に過ぎていく時間のなかに潜む異質な臭いに、人間はつられてやってきてしまうのだろうか。セールスマンであるジェラール・ドラルデューがふらっと入り込んでしまったように、内に籠ってもいいような作劇が、全体を通して常に解放されているのが面白い。無機質に思えた一度目の訪問における切り替えしも(同じフレームに入ろうとさえしなかった)、二度目には温かく迎えてくれているかのような印象さえ与えてくれるのが不思議だった。
けれどその臭いに、恐らく動物は敏感なのだろう。言うことを聞かない『アメリカの夜』の法則を持つ猫はさて置き、終盤で見ることの出来る散歩する犬の軌道。あの瞬間にどうしようもなく答えがでているような気がする。
秋日和

秋日和