Omizu

山の音のOmizuのレビュー・感想・評価

山の音(1954年製作の映画)
3.8
【1954年キネマ旬報日本映画ベストテン 第6位】
川端康成の同名小説を成瀬巳喜男が映画化した作品。主演は山村聰と原節子。

この年のベストテンは歴代でダントツのレベルの高さだと思っている。だって1位と2位が木下惠介の『二十四の瞳』『女の園』、3位が黒澤明『七人の侍』、5位と8位が溝口健二の『近松物語』『山椒大夫』だからね。ヤバくないですかこの並び。

川端康成の原作はすごく好きだし、成瀬巳喜男もすごく好き。しかも山村聡と原節子だし悪くなるわけはない。成瀬作品としては水準作かなとは思うものの、上記の歴史的傑作に肩を並べるやはり素晴らしい作品。

『乱れる』でも実感したショットと構図の見事さは今回も冴え渡る。注目してほしいのが、原節子がいつ初めて正面顔のアップになるか。

原節子演じる菊子はずっとバストアップ、あるいは横顔のアップのみで捉えられ、一歩引いた印象がある。本当の気持ちを隠しているような。

それがある出来事から初めて悲しみを表に出したその瞬間、正面顔のアップが初めて登場するんだよね。そこのドキッとする感覚を味わってほしい。ほとんどスリラー的な演出が神がかっている。

また、能面というある種異質な存在が小説と同じようにやはりドキッとさせるタイミングとショットで捉えられる。そこも素晴らしい。

成瀬作品は伝統とモダンのバランスが上品で上手いよね。原作自体の優れたところでもあるけど、能面という伝統的なものが出てきたと思ったら菊子は家でクラシックのレコードをかけている。そして日本の伝統的な家制度に対して結末はそれに反するもの。非常に上手い。

惜しむらくはタイトルの「山の音」がこれを観ただけではなんのことか全く分からないこと。原作では山村聡演じる父が度々聴く遠くの山から鳴り響いているような音、それはつまり老いへの孤独感だったり日常が崩れるという予感だったりという効果がある。しかしまあ映画でそれを上手く表現するのはムリよね。

あとは途中で辞めてしまう秘書の女性が原作ではもう少し役割が大きいし、菊子に対する父信吾のそこはかとないエロスと同様にそれが向けられるのだが、そこが薄いかなと。菊子に対するそれは残っていた気がするが。

原作の方が優れているとは思うものの、流石成瀬巳喜男という信頼は崩れない良い作品であると思う。
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