高校三年間担任だった恩師は、毎年度末のHRに、チョコレートの話をした。
「一枚たった百円で買える板チョコの原材料を作っている人たちを、あなたたちは知ってる?その人たちがどんな生活を送っているか、知ってる?」
そんなもの知らないし、知る必要なんてないとさえ思っていた。三年目にはぼんやりと、窓の外を見て聞き流していた。本当に、子供だった。今ならわかる。あのとき先生が、伝えたかったこと。
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麻薬戦争、とか、遠い世界に思える。実際アメリカだのメキシコだの距離にしたって遠いし、本物のクスリってやつを見たことさえない国で生きるわたしには、何もわからない世界だ。
わからない、けど、何か大変なことが起こっている。フェンスを越えた、日常の隣で。そんな状態がずっと続く。ケイトと同じようにわけがわからなくて、振り回されて、ようやく理解が追いつき始めてちゃんと真実を知りたいと思ったときには、あまりにも空虚な現実が目の前にある。
あちらの題材は麻薬戦争ではなかったけれど、『ドローン・オブ・ウォー』に似ていると思った。今この世界で起きている戦争。平和に見える日常のすぐ隣。
リアリティに溢れた映像の数々が目を反らすことを許さなくて、でも、どうしろって言うんだ。何が正解で、何が正義か。だって悪なんてどこにもみえない。人を殺すことが悪だなんてこの映画の中ではそんなこと、口に出すことさえ憚られる。
全部の物事が割り切れたらいいのに。白か黒か、丁か半か、善か悪か。法を破っているあの人が、完全なる悪人だったら良かったのに。裏切り者のあの人が、完全なる悪人だったら、良かったのに。そればっかりを思う映画だった。
割り切れやしない、曖昧なボーダー、白でも黒でもないグレー。米国で消費される大量の麻薬。それに関わって死んでいく他の国の人々。変えられない無法地帯。エンドロール後の場内の水を打ったような静けさの中、わたしはふと、チョコレートの話を思い出したんだ。