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みかんの丘のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

みかんの丘(2013年製作の映画)
4.6
人を殺すことを許したのは誰か?
戦争で人を殺すことは正当な権利なのか?

家族や仲間を愛する気持ちは、民族、宗教の違いを超えて皆一緒であることをみかんの丘に住む老人イヴォは傷つき介抱していた敵兵同士二人に伝えた。

イヴォは何もかもわかっていたのだ。ラストに胸が詰まった。

この作品を観てよかったと思ったのは、国境の紛争地帯や内戦がいかに複雑に絡み合い敵味方が入り乱れ、他国からの支援や傭兵が集まり、他国とのパワーバランスで関係はさらに捻れ、どちらかが勝利しても、憎しみは双方と関係各国に残り、平和には簡単に繋がらないこと。

島国の日本の従来の戦争を念頭においては理解できない戦争がある。国境の紛争が本来の戦争の概念だから。隣国、同胞が入り雑じっているのが紛争地帯である。日本の戦国乱世が市民レベルまでに複雑に混戦しているイメージだ。

幼なじみが敵になることもある。善き隣人は裏切り者かもしれない。寝返る者がいるかもしれない。誰を信頼し、誰かが敵になり、誰が敵になるかわからない緊張感ある地帯に住んでいる。

その複雑さを、一見シンプルに見えるストーリーにうまく配置した素晴らしい脚本だった。

多様な価値観がそこにはある。民族の違い、文化の違い、言語の違い、宗教の違い、細かくいえば宗派の違い、戦争の大義の違い、長く込み入った憎しみの捻れた歴史。それらを超える一つの共通の思いは家族愛である。家族愛を拡張した同胞愛を体験した彼ら。誰が同胞なのか?敵味方はないのか? それが問われていた。

私は悲観的なのだろう。よい方にそれを解釈できなかった。同胞愛を感じた相手に敵味方はないけど、自分が同胞だと思った者の敵は敵になる。現に銃撃戦になった相手は本来は味方であった。緊張感が高まっていると、誰かを敵にし、誰かを味方にし、瞬間に殺意が暴発する。敵を殺しても愛も平和も得られないのに。

私には戦争の火種があちこちで燻り、消えない戦争の連鎖を表している作品だと思った。

銃撃戦になった時に銃の隠し場所を教えたのはイヴォだった。結果的にイヴォが応戦を指示したようなものだ。

読みすぎかもしれないが、マルゴスは火薬か爆弾の供給の中継地点だったのではないか。バズーカでやられたにしても火災は大きく爆発にみえた。イヴォのみかん箱を最初に爆弾用かとアハマドが聞いていたシーンがあった。みかんが腐るは隠語ではないか。イヴォがマルゴスに家に誘われても入らなかったのは兵を残して行けないだけでなく、タバコを吸うイヴォは火薬の存在を知っていたからだと思う。マルゴスは家が暖かくないようで、イヴォの家に来ると真っ先にストーブで暖まっていた。室内で火が使えないので身体が冷えているのではと思った。

あと、気になったのはアハマドの行く先であった。左には黒海。沿うように右上に進んだ。家族のいる家か。地理的に右上は山岳地帯かロシア方向である。

アハマドはチチェンからの傭兵だと自分のことを説明したが、銃撃戦の前にチチェン語を確認されても話せなかった。グルジア語だけである。そして誰も知らない言語で罵り、グルジア語に訳したところ怒りを買い銃撃戦が始まった。アハマドは実は誰なんだ?

グルジアは同化政策でコーカサスのいくつかの少数民族を民族浄化で徹底して殺戮し、残った少数民族はグルジアに属させられている。

アハマドは法的にはグルジア人であるがグルジアを敵とみている少数民族なのではないか。そのため誰もアハマドの言葉を理解できなかったし、自らの本当の出自を話すことは敵と間違われる危険性がある。チチェンの傭兵とすれば安心して行動できる。そう考えればしばしばニカに語っていたことも理解できる。チチェンのお金で雇われている兵があそこまでグルジアへの憎しみを表すだろうか。

私はアメリカでしばらくの間、アルメニア人とグルジア人とでルームシェアしていたことがある。最初の晩にアルメニア人から隣国トルコによるアルメニア人のジェノサイドについて聞かされた。彼女はアメリカで出会う外国人に母国の悲しい歴史を伝えることが学位取得以外のもう1つのミッションだった。グルジア人も公務員で、賄賂が横行する母国に嫌気が差し、アメリカンドリームを夢見て渡米した。ロシアからの圧政でどちらも豊かな歴史と文化のある国なのに想像を超える貧しさで、私は中古Tシャツ一枚買うのも彼女達の前ではためらった。しばらくして私はその部屋を出た。

アルメニアもエストニアのように、ロシアや隣国との紛争で国を捨て世界中に散らばっている。

このコーカサス地域は豊かさゆえにその果実を求めて、多くの人が往来し、果実をむしりとっては、行き過ぎていく。「みかんの丘」を私は戦争の中でも人間性を讃えている作品には、どうしても思えなかった。誰もが戦争に加担する悲しく恐ろしい話だと思えた。そしてその連鎖はこの地が豊かゆえに止まらないのだろう。
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