朔

マルメロの陽光の朔のレビュー・感想・評価

マルメロの陽光(1992年製作の映画)
4.5
アントニオ・ロペス、その人にとっては、マルメロ、それすなわち生命と、ただひたすらに絵を描くという手段のもとに、寄り添うこと、その時間が、過程が、何よりも尊いものだったのではないだろうか。
いのちとは、切なく儚く、それでいて美しく、そういうものだから、いくらかのフィルターを通したうえで、しかしこの目で見たマルメロによって、私はそれを実感した。
また創作とは、その苦しみも、その喜びも、そのすべてに意味があるもので、そのすべてに意味を与えるものだから、そのこともたぶん、わかるような気がするよ、と、創作に携わるものの端くれとしてすこし、共感をも持った。
人々はやさしくほがらかで、日常は心地が良い。なんでもないことのうつくしさが、ここにはそっと寄り添っている。特に、エンリケとのやりとりはほんとうにナチュラルで、あたたかくて、じん、となる。
しずかな画面に、やわらかな呼吸が、たしかに生きているのだ。
それらとの落差、という表現が適切かはわからないが、ラストのシークエンスは、光と影、暗喩、あまりにも、ビクトル・エリセの真髄。心を揺さぶる、そして呑み込む。
"その光は 鮮烈なのに陰を帯び すべてを鉱物と灰に変える光 それは夜の光でもなく… 黄昏の光でもない 夜明けの光でもない"
ビクトル・エリセは、アントニオ・ロペスに、何を見たのか。きっとそれは、自らなのではなかろうか、と、思ったりもした。一方で、異なる手法を手にした、異なる表現者でもあって。だからこそ。
これはきっと、ドキュメンタリーであって、ドキュメンタリーではない。しかしあくまで、ドキュメンタリーであるのだ、ということ。
朔