ryosuke

悲しみの忘れ方 DOCUMENTARY of 乃木坂46のryosukeのレビュー・感想・評価

3.6
松村沙友理卒業コンサートを見て、卒業日の前に彼女の歩みを少しでも確認しようと思い鑑賞。
既にグループに10年の歴史が積み重なっていることを知っている状態で、これから何が起こるかまだ何も知らない素人に毛が生えたような1期生たちが、オーディションに合格したことを告げられ次々に名前を呼ばれていくシーンは少しゾクッとくるものがあった。
「生生星」として初期の乃木坂46を代表した三人。生田絵梨花と腕を組む星野みなみ、その横に生駒里奈が並んで歩いているカットが印象的。
あまりにドキュメンタリー的に画になる瞬間をしっかり捉えられている生駒里奈の姿に、やはり主人公なんだなと再認識させられた。オーディション会場の廊下で泣きそうになりながら笑顔の練習をしている様子、初披露の「ぐるぐるカーテン」を終え、まだ後ろから合図を受けなければラストの決めポーズの止め時すら分からない彼女が、キーワードである「AKB48」を口に出そうとすると涙が溢れてくる瞬間。落選した年の紅白に乃木坂を背負ってAKBとして出演する役回り。センターポジションを白石麻衣に譲った選抜発表で綺麗に後ろに倒れ込む姿は、人は「緊張の糸が切れる」という言葉をこれほど真正面から表現することがあるのかと思うほどで、どれだけの重圧がかかっていたのかを容易に理解させる。
オーディション後、戸惑いの表情を浮かべながら楽屋に座っている生田絵梨花がほとんど意識せずに乱れた椅子を直す様子に彼女の育ちが伺える。選抜発表でポジションが後退したことを受けて魂が抜けたように呆然と虚空を見つめて座る彼女の姿に、やはり今では考えられないほどの当時の過酷な状況が見て取れる。初期から自分に負荷をかけ続け、今なお超人的なスケジュールをこなし続けているのだな。
二人に対して、星野にはドキュメンタリー的な山場、起伏は用意されていないのだが、どのシーンでも、彼女の楽天的に見える笑顔が印象に残り、アイドルの影の描写が多い本作の中で逆説的に彼女の存在が際立っているようにも思う。
ここ数年の乃木坂メンバーの会話を見ていると、いつも驚くほど繊細に言葉を選び、互いに傷を付けないようにする気遣いに満ちており、彼女らは初めからそのような空気を有していたのかと錯覚するが、生駒と松村の悶着のシーンを見ていると、決してそうではないことも分かる。生駒「これが実力なんだよ」松村「他のみんなはアンダーだったから出る機会も少なかったじゃん」などという言葉は、おそらく現在の彼女らの口からは出ない言葉であり、人並みに棘のある言い回しもしていた彼女らが、次第に角が取れ、お互いをケアし合い、少しづつ現在の空気が醸成されてきたことを感じさせる。
ドキュメンタリーの構成として、ラストの堀未央奈のエピソードによる締めはあまりに唐突で、少なくともその前に堀の描写を入れておくべきだとは思う。そして、その堀以外は、画面の端には映っているのに全く言及されない二期生、エンドクレジットに名前がありながら本編の中で全く固有名詞として登場しない一期生も多々居るのだが、この偏りは皮肉にも乃木坂の厳しい道のりを描くドキュメンタリーを裏側から補完してしまっているようにすら思う。葛藤が描かれるのはあくまで選抜メンバーの過去、選抜内部での立ち位置の変化であり、彼女ら以上に悩み苦しんだかもしれないアンダーメンバーの物語はここでは紡がれることはない。
やはり、本作で最も重いシーンは松村沙友理のスキャンダルの場面なのだが、ここは松村への個人的な思い入れもあり一番心苦しかった。恐らく、より長く喋っていたのであろう橋本奈々未のインタビューがジャンプカットで重ねられ、相手の男への怒りを発露する彼女の、周りから一段抜けた成熟が印象に残る。泣きそうになると一言「花粉」と述べる橋本の凛とした強さ。ドキュメンタリーの編集だけ見ていると、松村はすぐに再生できたようにすら描かれているが、その実彼女に残った傷が深かったことは容易に想像できる。そんな彼女が、自身の卒業コンサートで自ら「悲しみの忘れ方」をセットリストに組み込んだこと。松村沙友理は、7年前に倒れ込み地面に手を突いて泣いていた彼女を、自分のアイドル物語の一部として消化し、癒してあげることが出来たのだと願ってやまない。
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