糸くず

トレジャーハンター・クミコの糸くずのレビュー・感想・評価

3.8
大都会の片隅で孤独に生きる女性の憂鬱と切実で儚い希望を描いた秀作。

「『ファーゴ』でスティーブ・ブシェミが雪原に埋めた札束の詰まったトランクの存在を信じる日本人の女性」というかなり突拍子もない設定でありながら、〈トレジャー〉を追い求めるクミコの姿は痛々しくも実にリアルで、彼女が抱える空しさがひしひしと伝わってくる。

物だらけの部屋、ペットのうさぎ、母親からの結婚や帰郷を迫る電話、窓辺でカップ麺をすするクミコ。職場でも一人でごはんを食べ、上司からは出したお茶の味の文句を言われる。そんな荒涼として出口のない日々を過ごすクミコが、自分を一変させてくれる〈トレジャー〉を求めるのは自然な気持ちだろう。

しかし、彼女が求める〈トレジャー〉は、どこか曖昧としていて実在するのかさえよくわからない。そもそも彼女が繰り返し観る『ファーゴ』のビデオテープは、どことも知れぬ洞窟の奥の砂の中からクミコが見つけたものだ。彼女は宝の地図のようなものを使って、そのビデオテープを見つけ出しているのだが、彼女の現実の生活と比べると、ここだけまるで夢のようなのだ。

彼女が求める〈トレジャー〉は、ただ単にお金=物質的な豊かさを指すのではないのは確かだ。彼女は人と関わることを避けているが、一方で誰かの愛を求めている。彼女を助ける親切な警官(監督本人が演じている)との一時に、それは如実に表れている。だが、警官は現実に幸せを見つけている人間であるため、彼女を救うことができない。彼は雪原に埋まっているトランクの存在を信じようとはしない。クミコが求めるものを彼は理解できないのである。

長く険しい旅の終わりに、救いは用意されている。しかし、胸に残るのはクミコが救われたことではなく、このような形でしかクミコが救われなかったことだ。物語でしか救われない人はきっといるのだろうけど、「クミコが幸せを得た」とは素直に思えなくて、なかなか辛い。

リアルとファンタジーのあわいを絶妙なバランスで描くゼルナー兄弟のセンスには非凡なものがあるし、菊地凛子の演技を初めて素晴らしいと思えたので、オススメ。
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