わたべ

エンドレス・ポエトリーのわたべのレビュー・感想・評価

エンドレス・ポエトリー(2016年製作の映画)
4.7
題名のとおり詩的な作品だと思う。
“80代後半にしてキャリアピーク”という評判もあながち大げさでもない。

前作『リアリティのダンス』同様にアレハンドロ・ホドロフスキー監督本人の人生のある時期を描いた映画ではあるけれど「事実の再現」をそのまま狙ってはいない。少なくとも写実主義(レアリスム)には基づいていない。(それをシュルレアリスムというかマジックリアリズムというかはともかくとして)
年老いた監督本人が俳優に話かけ、「その後」を語ったり、黒子やハリボテのセットが画面内にうごめく様は、現代の劇映画としてはやや異質だし、場面場面での演出や出来事の解釈に戸惑うシーンも少なからずある。
ただそれでも、抑圧的な家族に気が滅入りそうになる序盤から、個性的な芸術家や表現者たちとの出会いを経て、精神を解放させていくアレハンドリート(アダン・ホドロフスキー)のサマは爽快だし、赤い髪の女詩人 ステラ・ディアス(パメラ・フローレス)への恋、親戚の死、才能に溢れた同世代の詩人 エンリケ・リン(レアンドロ・ターブ)との友情や軋轢など、など、など、各エピソードの語り口はわかりやすく、ストーリーは滑らかにつながっていく。
それは時に悲劇的だけれど、どこか滑稽で軽やかで、まあ喜劇的でもある。ちょうどサーカスのように。

自分がこの作品で特に気に入っていることのひとつに、筆やペンを持ち、歌い、踊り、表現をする芸術家や詩人たちの姿がある。
彼らは、パフォーマンスこそ突拍子もなく見えるけれど、その描写は生き生きとしている。
ピアノを破壊する演奏家、ペンキを身体に塗りまくるペインター、二人一組のダンサー。道をただひたすらまっすぐ歩き、生肉を撒き散らし、像をペンキで塗りたくる詩人たち。
彼ら彼女らの脈絡のなさ、自由さ、柔軟さに、観客は笑ったり、呆れたり、驚きにもとらわれる。
そして、それは、ホドロフスキー監督の映像表現と感覚的に近しいところにある。

自分は先ほど、“個性的な芸術家や表現者たちとの出会いを経て、精神を解放させていく”と書いた。
それはなにもアレハンドリートだけが持っている特権ではなくて、本当は、自分たちも同じ権利を有している。
芸術や表現にふれ、詩や音楽や映画にふれ、精神を解放させることができる。
『エンドレス・ポエトリー』とはそれに気づかせてくれる映画だと思う。
わたべ

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