このレビューはネタバレを含みます
クリムトの描いた黄金の女。そのモデルとなった女性には名があり、人生があり、家族があった。
アデーレ。美しいその人を演じた役者さんも素敵だったけれど、主人公でアデーレの姪マリアを演じたヘレン・ミレンが圧倒的に最高の演技を見せてくれた。
ウィーンに対しての私のイメージは「音楽の都」というものだけで、いつか行ってみたいくらいの気軽なものでしか無かった。しかし、暗い歴史がこの国にもあったことをぶん殴られるように考えさせられた。
実在の人物のマリアが亡くなったのは2011年。これは、悲惨な歴史と地続きの物語。
日本にだってある。どの国にもある。戦争、略奪。尊厳や命を奪われた人々の過去を埋めるものは無い。だからせめて、正当持ち主の元へ帰ることを叶えたかった。人間として。自分のルーツをだいじにする人として。
弁護士もそうだけれど、父親がナチス党員であったという協力者。彼の告白もまた重い苦悩に塗れていて辛かったけれど、このできごとによって心にのしかかる重しが少しでも軽くなることを祈る。
物や金は返せても、思い出や命は還すことができない。
アメリカへ逃れ、ドイツ語を捨てたマリアがかつての自宅である建物を訪れたシーンはヤバかった。ドイツ語で挨拶をし、ほぼ昔と同じ構造をした階段を上がるマリア。
かつての幸せだった黄金の日日と、最愛の伯母アデーレの笑顔。
恐ろしいトラウマと立ち向かいながら、勇敢に、ときどき茶目っ気たっぷりに、はたまた毒舌もぽんぽん飛び出す魅力に溢れたマリアと、彼を助けることに仕事を超えた目的を見出し成長していく弁護士ランディと彼を支える妻との関係も良い。
新しい世代の誕生に、次の世代へ残すものが少しでも良いものであるように、との祈りも感じられた。
ナチが奪ったものは多いが、支払うべき代償の大きさに慄くばかりだ。