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アイヒマン・ショー/歴史を写した男たちのtomtomのレビュー・感想・評価

3.8
ホロコーストの責任者にしてナチスの戦犯、アイヒマンを被告とする世紀の裁判。独占放送権を得たテレビチームは、ユダヤ人虐殺の非道さを世界に知らしめるべく、刺激的でエモーショナルなシーンをカメラに収めようとする。一方、監督であるレオが待っていたのは、裁判中にアイヒマンが見せるかもしれない、ある「一瞬」の姿だった...

1961年のアイヒマン裁判の翌々年、ハンナ・アーレントはその著書『エルサレムのアイヒマン』で「悪の陳腐さ」について触れ、ユダヤ人社会の内外から少なくない批判にさらされた。600万人の命を奪った「巨悪」を前に、平凡な人間でも環境に染まることで、大悪人になり得るとしたアーレントの主張は、一部の人達の目には、まるでアイヒマンに免罪符を与えているように写ったのだろう。
「悪の陳腐さ」は、政治的にもデリケートな問題提起だった。ホロコーストの被害者らが建国したイスラエルは、パレスチナ問題においては、ある意味加害者の立場でもある。「ナチスドイツの示した残虐性は、全ての人の内にもある」とするのは、ユダヤ社会内部に向けた批判に与しかねない。実際、監督であるレオの態度も、戦後イスラエルの歩みに対する批判や内省を包摂しているように思った。

 大規模な戦争犯罪は個々人の責任である反面、生まれながらにしての悪人はおらず、社会や環境との関係性の中で生み出されるものだという考え方。また、そうした達観が気まぐれに感じてしまう程の大量殺人という結果に対して、人はどういった態度で望むべきなのか。本作ではその普遍的な葛藤が、カメラの撮り方に対する悩みに投影されている。歴史を考える上で、看過できない難しい問題を描いた作品。
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