過去のない女

ラ・ラ・ランドの過去のない女のレビュー・感想・評価

ラ・ラ・ランド(2016年製作の映画)
4.6
アカデミー賞授賞式の当日だったからか月曜の昼間なのに劇場は満席。

『セッション』が良すぎた為にかなり期待して言ったのですが、オスカー受賞結果にやけに納得の行く内容でした。

まずエマ・ストーンの歌と演技に感動した。歌がすごい上手いとは思わないが、彼女の裏返るような歌声は心に響きました。全ての演技において、彼女の心の底から湧き上がるものを観ていて感じ、僕が泣いたシーンも全てエマ・ストーンの演技によものだったと思います。主演女優賞に相応しい演技だったと思います。

一方、ライアン・ゴズリングは歌が上手くなく無理している感が出ていて、歌以外の部分も何かしっくりきていない感じがしました。ピアノの演奏ももちろん彼自身が弾いているのではないと思いますが、深みを感じなかった。主演男優賞取らなかった事に納得です。

作品賞を取らなかった事にも納得です。この映画はエンターテイメント映画としては一級品ですが、過去のミュージカル映画の傑作と比べてどこか上回ってるとか新しい事はなかったので、僕としては正直言って期待はずれでした。「ムーンライト」が単純に作品としては素晴らしかったのだと思います。

ざっくりとした感想はこんな感じなのです。ここからは僕の想像の世界ですが、深堀してみるとこんな考察もできます。

この映画の主人公のセバスチャンというキャラクターですが、デミアン・チャゼル監督自身を投影したキャラクターではないかと考えると面白くなってきます。

セバスチャンは純粋なジャズが大好きなピアニストですが、好きなミアとバーの開業資金を貯める為にジョン・レジェンドが演じるミュージシャンのポップよりなバンドのキーボードの仕事をやったり、自分の信じる道と現実の厳しさの間で揺れ動きます。

このセバスチャンの葛藤が、ジャズミュージシャンの本気のぶつかり合いを描いた「セッション」で一気にハリウッドのスター監督に上り詰めたチャゼル監督が、この「ラ・ラ・ランド」でポップよりな作品の監督をする事になり、監督自身の葛藤を描いているように見えてしかたありません。この作品の脚本の構成はハリウッドの基本の方程式に分かりやすく沿って書かれており、その方程式の元となっている考え方を提示した学者のジョーゼフ・キャンベルの名前が劇中の脚本家のセリフとしてわざとらしく出てくるので、ハリウッドの映画の作り方を確信犯的に揶揄している感じがします。La La LandというLAとかけた題名も怪しいですね。

そう考えると、ライアン・ゴズリングの歌が下手なのも、演技がぎこちないのも、ピアノの演奏が心がこもってなく聞こえるのも、もしかしたら監督の意図した演出では?と思えるようにもなりました。それを決定的に感じたのは、最後のシーンだけセバスチャンのピアノ演奏が初めてましな演奏に聞こえて、最後の自身たっぷりの表情は、ミアを失った事に後悔せず、自分の道を進むと決意したんだと感じさせてくれたとこです。最後のシーンの為にわざと微妙な演技と演奏をさせていたのであれば、演技をどう評価していいか全く分かりませんが、そういう考え方も面白いと思います。

ジョン・レジェンドがExecutive Producerとしてクレジットされていましたが、ジョン・レジェンド自身がポップよりのジャズ、R&Bミュージシャンなので、そういった自虐ネタ的なとこにも監督の遊び心を感じられます。

もしそういった裏の意図が本当であれば、やっぱりデミアン・チャゼルは天才監督であり、今回は次につなげる為に遊び感覚で撮ったけど、次の俺の作品は本気だから期待してくれとの、メッセージが隠されているのかもしれません。「アカデミー賞なんて理論に沿って作れば簡単に取れるなんてだよ。でも次の作品は俺が本当に作りたい作品を作るよ」と言っている気がします。なので監督賞も納得なのです。

「ラ・ラ・ランド」が作品賞取ったら、みんな騙されているよ。作品賞に相応しいのは「ムーンライト」だ。

とチャゼル監督が言ってるような気さえもしました。そんな訳ないか。