emily

アンナと過ごした4日間のemilyのレビュー・感想・評価

アンナと過ごした4日間(2008年製作の映画)
4.7
ポーランドのさびれた地方都市で、病院の火葬場で働く祖母と二人暮らしのレオンは、看護師で宿舎に住んでいるアンナを覗き見していた。アンナとの出会いは数年前に釣りに行った時の事である。女性の悲鳴を聞き駆けつけると、アンナがレイプされていた。犯人はすぐ逃げてしまい、その場に釣り道具を忘れたレオンは犯人として逮捕されてしまったのだ。彼のアンナへの執着はリストラと祖母の死によりさらに深まっていく。夜な夜な彼女の部屋に侵入し、赤いマニキュアを塗ったり、3日目には正装し婚約指輪と赤いバラを持ち侵入する。そんな彼の4日間を描く。

物語としては悲しいストーカー男の4日間を淡々と描くものであるが、その描写の仕方は非常に思わせぶりで、観客を翻弄する。ポーランドの湿った薄暗い町、冒頭からレオンが斧を買い、人の死体の残片や牛の死体の映像の断片が流れ込む。ただならぬ空気感と殺人狂のような雰囲気を醸しだしてくるのだ。さらに時間軸も現在と過去を行ったり来たりし、取り調べの映像や馬の死体と交差させ、現在と過去の境目が混合する。取り調べの断片が映る時間が徐々に拡大されていき、少しずつその時間軸と真相が明らかになっていく。バランスが非常によく、心地良い迷子感にどっぷり浸れる。

静かに音楽が寄り添い、イメージ的な映像の断片が映し出され、言葉での説明は全くない。レオンの仕事内容を知るのは随分先になるので、常になにか良からぬことが起こりそうな雰囲気に魅了される。そこに寄り添う音の効果も大きく、サスペンスフルな空気が物語を引っ張っていく。湿った空気感漂う街の雰囲気も非常に絵になるのだが、やはり印象に残ってるのは、小さな窓からアンナをのぞき見しているレオンの顔が、アンナの部屋の隣の壁に亡霊のように浮かびあがり、それが徐々に消えていくシーンだ。ただならぬ死臭を漂わせ、その後の展開に勝手な妄想を描かせる。まったくのミスリードではあるが、観客の心の狂気を映し出しているようだ。

もともとセリフが少ない上に、祖母の死とリストラにより、レオンは全くしゃべる必要がなくなる。誰とも会話を交わさない。表情もほとんど変わらないが、新しい知恵が思いついた時に、ひときわ薄い笑顔を浮かべる。はじめは小さな小窓から息をひそめて見つめていただけが、徐々に睡眠薬を混入させた砂糖瓶をすり替え、深い眠りについたところに侵入するようになる。たどたどしかった足取りも徐々にしっかりし、その行動は日に日にエスカレートしていく。胸に触りたいけど触れない。赤いペディキュアを塗ったり、ボタンをつけたり、徐々にその行動に慣れ、知恵を絞っていくが、そこにはやさしさしか映らない。彼の中に暴力的な願望があれど、それを実行することはないのだ。過去軸と交差されることで、心の中の願望は行動と
全く違う所にあるような予感を漂わせる。

例えば現在ならSNSやブログなどで毎日その人の行動を読んでいると、勝手に知った気分になるのと同じで、彼も毎晩アンナを見、一緒に時間を過ごすことで、その関係が勝手に出来上がっていくように感じていく。一方通行なのは都合がよい。拒まれることがないからだ。指輪をもってプロポーズする日は部屋に明かりがともったまま、彼はしっかり言葉を発する。それは二人の関係に確信が持てた彼にとっては未来への一歩である。感覚がマヒする。視覚がマヒする。24時間アンナのことしかないレオンの思考回路はどんどん加速していく。

はまらない指輪を見つけ眺めるアンナ。彼女もまた孤独で、幸せを求めてた。いつかこうやってプロポーズされることを夢見ていた。しかしそこには大きな闇が立ちはだかるのだ。壁に飾られてた滝の絵が対照的な二人の心情を映し出す。

レオンの心の開放は、大きな窓を作ることであらわされる。彼女に指輪をプレゼントし彼女の家に侵入することで、自分の心を潤わせ愛を実感し、孤独だった人生の扉を開くのだ。しかし愛とは一方通行ではなりたたない。いくら自分が扉を開いても、相手も同じでなくてはそれはただの独りよがりなのだ。

ストーカーとレイプ犯。罪の重さは違えど、心の中で同じことを考えてるのならそれは同じ”罪”ではないか。描写の仕方や色使い、エピソードの組み立て方も斬新で、湿り気があるが、そのラストのセンスにも圧巻である。それは超えられらないのか、それとももう超えないのか。たったの4日間で進展し完結する一つの愛の物語。その結末は後者であると願いたい。
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