町蔵

アーフェリム!の町蔵のネタバレレビュー・内容・結末

アーフェリム!(2015年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

 『Aferim!』は、19世紀ルーマニア南部ワラキア地方を舞台に、モノクロ・シネマスコープサイズ(1:2.35)の35ミリフィルムで描かれたルーマニアン・ウェスタンである。ジョン・フォード『捜索者』をはじめ、西部劇ではしばしば好んで取り上げられてきたコミュニティからの逃亡者とその追跡・捕獲、共同体の秩序の回復といった主題が描かれている。これが長編三作目となるラドゥ・ジュデ監督の狙いは、共産党政権時代あらゆる資料から削除・隠蔽され、ルーマニア映画でもこれまで描かれることがなかったロマ族(北インド出身でヨーロッパに北上したジプシー民族)への迫害と奴隷制を正面から主題としつつ、その悲劇の歴史をシリアスなドラマとしてではなく、殆どオーソン・ウェルズ的なコメディとして語ることにある。その哄笑は、映画が取り上げる固有の時代と場所を越え、現代を生きる私たちの世界の差別と暴力にまでダイレクトに差し向けられた寓話となっている。

物語は、強大な地主の命を受け、彼の妻と姦通したロマ族の奴隷を追跡する2人の親子の馬上の姿と共に始まる。まるで悪徳そのものを象徴するかのように丸々と太り軽くびっこを引く父親のコンスタンディンは、地元の小官吏であり、奴隷を管理する法の執行者である。家父長的な権威を振りかざし、少数民族への差別と偏見、そして猥雑なジョークがひっきりなしに口から飛び出すこの男の滑稽な姿は、しかし殆ど愛すべきものとして観客の目に映るだろう。ウェルズの『フォルスタッフ』を想起する者も多いに違いない。この法外なキャラクターを生き生きと描写するため、ジュデ監督は当時の文学やフォークロアを可能な限り調査し、そこから様々な警句や地口を彼の台詞として引用したとのことである。

 親子の冒険は、アクションよりむしろ『ドン・キホーテ』風の奇妙な出会いによって豊かに彩られていく。前半のハイライトは、何と言っても馬車の車輪が外れ立ち往生していたキリスト教司祭との出会いであろう。ロマ族は人間なのかと問うコンスタンディンの不遜な疑問に対し、あの黒いカラスどもは悪魔なのだと躊躇なく即答する司祭は、さらに他のエスニックグループや、ユダヤ人、トルコ人に至るまで圧倒的な雄弁ぶりで侮辱し、罵倒し、差別と偏見に満ちた自説を野放図に開陳する。現代のポリティカル・コレクトネスとは対極にあると言って良いその歪んだ情熱は、さすがのコンスタンディンさえ黙らせてしまう程だ。

 逃亡した奴隷をあっさり捕まえた親子は、彼を引き渡すため地主の元へと戻っていく。一緒に捕まえた別のロマ族の子供を合わせたこの4人の道中での会話が、奇妙なことに、この映画で最も温かいユーモアに溢れた場面へと転じる。地主の妻に誘惑された無実の奴隷を救うため、息子のイオニータは彼を自分たちの家に連れ帰ろうと提案する。しかし、法の執行者として賃金を得ているばかりでなく、そこにちっぽけなプライドを感じてもいるコンスタンディンは、その提案を受け入れることができないだろう。カーニバルの奴隷市場で子供をあっさり売り払った親子は、奴隷を連れ故郷へと戻っていく。以上が、この映画で語られるおおよその物語だ。

 視覚的スペクタクルとして最も見応えのあるカーニバルの場面では、木製の観覧車が設置され、250人のエキストラと400匹の動物が風景を埋め尽くしている(画面内の群衆を増やすためVFXも併用しているとのことだ)。ウェルズやヘルツォークにも似た時代錯誤な誇大妄想に導かれたように見えるこのパワフルな作品は、しかし、およそ1億5千万円の予算でわずか23日間で撮影されたとのことである。『俺の笛を聞け』などで日本でも知られる名手マリウス・パンドゥルがカメラを担当し、まさに古典的ウェスタンを想起させる雄大な風景を切り取っている。視覚的にも物語的にも豊穣であり、差別と偏見と好色と残酷に満ちたその巨大な作品世界は、いわゆるルーマニアン・ニューウェーブ(2000年代に入ってルーマニアから登場し国際的に高く評価されている一連の映画と映画作家を指す)のミニマリズムとは対極にあると言って良いだろう。ジュデ監督は、前述した『捜索者』の他、エリック・ロメールや侯孝賢の歴史劇、そしてW・G・ゼーバルト(「アウステルリッツ」などで知られるドイツ文学の巨匠)の書物などを参照したとのことだ。

 現代社会に通じる移民への差別と激しい暴力の源泉を寓意的に描いたこの作品は、傑作とまでは言い難いものの、今日において貴重なものとなったその反時代的野心において正当に評価されるべきだろう。そして何より、この作品は野放図に面白いのだ。『Aferim!』は2015年の第65回ベルリン国際映画祭において最優秀監督賞を受賞している。タイトルは、ルーマニア語で「よくやった!」という意味だ。受賞に際してジュデ監督は、映画祭で賞をもらうのならもっと良い映画を撮れば良かったとユーモアに溢れたコメントを残している。



Aferim!
2015年 / ルーマニア / 108分 / 監督・脚本:ラドゥ・ジュデ / 脚本:フローリン・ラザレスク / 出演:テオドル・コルバン、ミハイ・コマノイウ、トマ・クジン、アレサンドル・ダビジャ



大寺眞輔(おおでら・しんすけ)
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