TOTO

グランドフィナーレのTOTOのレビュー・感想・評価

グランドフィナーレ(2015年製作の映画)
4.5
『終わりは切なく温かい――』

映画を観終えて、まあまあ良い作品だったなと思いながらその晩はぐっすり眠り、翌朝目覚めた時に、いやちょっと待てよ、昨夜の映画はものすごく、とてつもなく心に残ったぞ――、と感じる事が極稀にあります。
最近ではこの『グランドフィナーレ』がそうでした。
監督は今俄かに注目を集めているパオロ・ソレンティーノ。
原題は 『Youth – La giovinezza』――。英語、イタリア語のどちらも「若者」を意味する言葉です。けれど深読みしなければ『グランドフィナーレ』は良いタイトルです。ラストシーンの演奏会にも上手く合致しています。
その一方で、ソレンティーノ監督が、「若者」と言う言葉に拘ったその理由もよくわかります。
 
物語の舞台はアルプスにある美しい高級ホテル――。そこで余生やバカンスを過ごす人々の群像劇です。
主人公フレッド(マイケル・ケイン)は「シンプルソング」という名曲を生み出した著名な作曲家です。女王陛下から、王子の誕生日に演奏会を開いてほしいと依頼され、その命を受けた英王室の特使が訪ねてきますが、彼はある理由から頑なに断っています。
ミック(ハーヴェイ・カイテル)はフレッドの親友で、かつてヒット作を幾つも世に送り出したベテランの映画監督でしたが、近年、新作が撮れていません。
しかし起死回生とばかりに、自分が路上生活から拾い上げて育て、今や押しも押されぬ大女優となったブレンダ(ジェーン・フォンダ)を主演に起用する次回作で再び脚光を浴びようと画策するミックは、若いスタッフたちと一緒にこのホテルに滞在し、日夜ワークショップを繰り返して脚本の構想を練ります。
ミスターQというロボット役でスターになった俳優のジミー(ポール・ダノ)は、人からミスターQの芝居を褒められる度にやりきれなさを憶えています。そんな彼もこのホテルに滞在し、次の作品の役作りの為に多種多様な宿泊客たちを観察しています。その役とは――。
彼らは、酸素吸入器を片時も手放さず、プールでウォーキングを続けるサングラス姿の丸々太った男を見て、それがかの有名なディエゴ・マラドーナだとは俄かに信じられないでいます。(マラドーナは実在の人物なのに、まるでアニメキャラの如く、完全フィクションで描く大胆さに脱帽です。イタリア人監督が何故アルゼンチン人のマラドーナを――、と言う疑問も浮かびますが、彼はセリエA『ナポリ』の英雄であり、ナポリ育ちのソレンティーノ監督にとっては永遠のヒーローなのでしょう)
また彼らはスパで、一糸まとわぬミス・ユニバースの裸体に見惚れ、そこにエロスとは明らかに異なる眩しさを感じます。このミス・ユニバースとは、フレッドの空想の世界において、完璧に美しくライティングされた夜のサンマルコ広場の水に浮かぶ一本の細い回廊の上ですれ違います。このシーンは本作品の象徴的な場面です。
フレッドの娘レナ(レイチェル・ワイズ)は夫(ミックの息子)に離婚を切り出されて酷く傷付き、勢い、八つ当たり的にフレッドの過去の不誠実さ(母親を大切にせず音楽だけに夢中になっていた過去)を責め立て、フレッドを狼狽させます。
大女優ブレンダはハリウッドから飛行機でわざわざミックに会いに来て、正式に映画出演オファーを断わります。そして友であるミックの為に、彼の監督としての才能が既に枯渇している事実を伝え、ミックを絶望させます。
帰りの機内でミックの「その後」を知ったブレンダは激しく取り乱し、彼女もまた何かを失います。
英王室特使のしつこい催促に、ついにフレッドは演奏を拒否し続ける理由について口に開きます。
「シンプル・ソングは妻メラニーの為に作った曲で、あの曲を歌えるのは妻だけだ。しかし妻はもう歌うことができない」
それを聞いてレナは、フレッドの母への愛を知り、涙します。 
そしてフレッドは、かつて長く暮らしたヴェネチアの地を訪れると、妻が入院している病院を訪ね、そこに「いる」妻に語り掛けて、ようやく頑なな考えを捨て去ります。
そして女王陛下の望み通りに演奏会を開き、「シンプルソング」を指揮するのでした。

この映画は、人生の黄昏を迎えたかつての成功者たちと、これから春を謳歌しようとする若者たちが、薄氷の上で静かに共存する一枚の絵画のような作品です。
けれどその氷の下には「過ちと後悔」と言う名の深い海が広がっており、一歩踏み違えれば、残酷な現実に突き落とされる事実を我々に痛感させます
同時に、残された時間には限りがあるからこそ、できるだけ悔いのない決断を己に課すのです。

観終えた後に、何かが心に残る映画です。
観終えた後に、誰かに何かを伝えたくなる映画でもあります。
つまり、特別な映画です。
ご清聴ありがとうございました。 
TOTO

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