天豆てんまめ

この世界の片隅にの天豆てんまめのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.2
映画冒頭に流れるコトリンゴの「悲しくてやりきれない」と思い浮かべながら、このレビューを書いている。

♪かなしくて かなしくて とてもやりきれない

このやるせない もやもやを だれかにつげようか♪

映画を観ている126分、すずさんとその家族と一緒に生活している感覚があった。

すずさんを宿した”のん”のほわぁ~っとした声が、癒しと切なさと微笑みをくれる。
「ふへぇ」とか「~しとる」とか呟きも方言も、ぽやんとして優しくて可愛らしい。
「あまちゃん」の能年玲奈から「すずさん」の”のん”へ生まれ変わったよう。すずさんに命を吹き込んでくれて、ありがとう。

幼少期からお嫁に行くまでの、何とものどかな日常の1ページ。

右手で書く美しい絵。小さい頃から何枚も、何枚も。そして、子供のまま、呉にお嫁に行ってしまった感じ。そこに戦争がやってきて、でも相変わらずぽわ~んとしてて、日常は変わらないように見える。

井戸で水を汲み、野草を摘み、かまどで炊事をして、家族で食事をする。

でも少しずつ、食材や、配給や、防空壕や、警報や、日常をとりまくものは確実に変わっていき、すずさんの心にもよどのように積もっていくように見えた。

それが決して戻れないあの瞬間によって、決定的に変わってしまう。哀しい。

水彩画のような画も優しくて美しい。
江波ののどかな風景も。
呉の海と山の風景も。
広島の街並み、そしてその後の風景も。
市井の日常生活を生きる人たちの表情。
戦時におけるのどかな日常も描き、
戦時における恐怖の瞬間も描いている。
全ては地続きなのだと思った。

音響、音楽もまた素晴らしい。
日常に流れる音、日常を切り裂く音。
そして、優しく包むコトリンゴの楽曲。

すずさんを取り巻く人も愛おしい。
周作の不器用な優しさ。
周作の姉の径子さんの切ない厳しさ。
リンさんの憂いのある艶。
天真爛漫な晴美ちゃん。
ひとりひとりの表情が心に浮かぶ。

戦争が始まる前も、戦争が始まってからも、戦争が終わってからも、日常は続く。その日常のひと時の笑み、哀しみ、喜びそのものを慈しみたくなる。

かけがえのない日常を生きている。それだけで特別なことなのだと。

気忙しく、何かに追い立てられるような日々の中、見落としていた大切なものを
教えてくれたような気がした。

かなしくて、かなしくて、とても、やりきれない。でも、かなしみを深く感じ入った時、この命の大切さが心に沁みていく。

本当に大切なものが、心に沁み渡るような映画だ。

その余韻は今も尚、続いている。