かえで

この世界の片隅にのかえでのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.8
立川シネマシティの極音上映にて鑑賞。満席のなか、エンドロールの最中に1人も席を立たず、終映後に客席から自然と拍手が沸き起こったのは生まれて初めての経験だった。わたし個人としてはもう、鑑賞後はしばらく放心状態で。決して派手な作品じゃない、むしろ静かな作品なのに、すさまじいエネルギーをもって胸に迫ってくる何かがある。泣ける作品だけれど、それと同じくらい、思わず声をあげてしまうほど笑える作品でもある。悲しみや辛さと同じくらい幸せや愛おしさが詰まってる。126分間のあいだ、すずさんと一緒に一生を生きていた、そんな気持ちになった。

この映画を「戦争映画」とか「反戦映画」と呼ぶには違和感がある。個人的には、戦争のあった時代が舞台の「日常系作品」という印象。戦争映画というと、とにかく戦争の悲惨さや人々の苦しみ等々が取り沙汰されることが多いけれど、この作品はそうじゃない。戦争という要素はあくまですずさんたちの日常の一部に過ぎず、描かれるのは最初から最後まで一貫して「すずさんの日常」。空襲警報が鳴ると、人々が一斉に慌てふためき防空壕へ避難して…というイメージがあったのだけれど、この作品で描かれる光景はまるで違う。「警報もう飽きた~」と駄々をこねる子どもがいれば「どうせまた空振りだよ」という人がいて、主婦たちは動じずにせっせと家事を続ける。個人的に持っていた戦争のイメージとは異なる新鮮な光景だった。「戦争」というのはイベントじゃない、あの時代の人々にとっての日常であったのだと、良く考えれば当たり前の、でも今まで考えもしなかったことに気づく。緩やかに戦争に蝕まれていく日々に、疑問を持ったり反発したりするよりも、順応してゆく人の方がきっと圧倒的に多かっただろうな。そういった恐ろしさや気味の悪さも、この作品から静かに伝わってくる。
玉音放送のあとのすずさんの反応もとても印象に残ってる。切実な想いが痛いほど伝わって来て胸が苦しかった。戦争が終わって良かった!と、喜ぶ人ばかりでは絶対になかったはず。戦争によって大切なものを失った人ほど、悔しさや虚しさや怒りという感情は大きいだろうと思う。それは決してすずさんが好戦的だということではなく。

笑って、泣いて、怒って、悩んで……今の私たちと同じように、人々はあの時代を確かに生きていて、その日々が今日のこの日に繋がっている。当たり前の生活がどれほど幸せで尊く儚いものなのか。今改めて、この時代に生きる私たちが感じ、考えるべきことがこの作品に詰まっていると思う。些細な何気ない日常がとてつもなく愛おしいこと、大切な人を大事にできることがどれほど幸せなのかということ。鑑賞後のあの満たされた気持ちをずっと、忘れたくないなと強く思う。
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