君之勝利

この世界の片隅にの君之勝利のネタバレレビュー・内容・結末

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

現在までに6回鑑賞しているが、全く飽きないし、観る度に新たな発見がある。そこまで観る人間を魅了する理由は、この映画が豊穣且つ力強い作品だからだと思う。
この映画の豊饒さを支えるものには様々なものがあるが、代表的なものとして直ぐに思い浮かぶのは、次の3つである。
1つ目は、驚くほどの情報が詰め込まれた画。
片淵監督が驚くほどの執念で調べ上げ、精緻に再現した広島や呉の街並み、小高い丘から見下ろす軍港などは、とても1回観ただけでは隅々まで味わい尽くすことは不可能である。さらに、スクリーンの中で人と共に生きる様々な生物、鷺、カブト虫、蟻、タンポポの綿毛等々が動きまわり、私達人間もまた自然界の一員であり、常に自然と共にある存在であることを意識させた。
2つ目は、声である。
プロの声優の声は、誰も全く違和感がなく、プロとしての仕事を全うしていたが、驚いたのは、主役の「のん」の声である。
最初は、他の声優と比べ若干の違和感があったが、映画の進行とともにそれに慣れると、今度は本物のすずが生きて、笑ったり、泣いたり、怒ったりしているような、まるで本来は絵に過ぎないアニメーションに魂が宿っているような錯覚に陥ってしまった。「のん」の声によって、この映画が普通とは違う別次元のアニメになったという指摘をされた方がいたが、私も同感で、彼女の声がこの映画の豊饒さを支える太い柱になっていたのである。
3つめは、コトリンゴの音楽。
全ての音楽が知的に計算されつくし、それぞれのシーンが表すべき感情を観客に伝えるために最大限の力を発揮していた。彼女の音楽によって各シーンがより豊かに鮮やかになったことは間違いがない。
作品の力強さのベースになったのは、次の2つ。
1つは、脚本のダイナミズムで、すずの子供時代から始まり、見知らぬ土地へ嫁いでからの苦労はあるが、それでも互いの絆を感じられる暮らしが続く。しかし、そんな暮らしが次第に戦争に呑み込まれていくところ、特に終盤の悲劇の描き方に力がこもっていて、心打たれるものがあった。
そして、もう1つは普遍性であり、それがこの映画の肝でもある。
戦争があってもなくても日々は続き、人は何とかして生きていかなければならない。そして、そんな人間の生の基本となるのは、人との絆、特に家族との暮らしである。全くもって当たり前のことだが、この映画は、その当たり前であり、当たり前だからこそ、世代を超え、多分国境すら超えて分かち合える真理を物語の核として打ち出している。だからこそ、すべてが終わり、まるで失った右手とはるみさんの代わりのような子をすず達夫婦が北条家に連れて帰り、家族の温かさが伝わって来る家の灯りの引きのシーンでドラマが締め括られた時、どうにもこうにも涙が流れるのを止められなかったのだと思っている。
以上は、今現在の感想だが、まだまだこの映画の本質を捉えているという自信はない。もうあと何回かは、観る必要があるだろう。この映画は、そういう映画なのである。
君之勝利

君之勝利

君之勝利さんの鑑賞した映画