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この世界の片隅にのNMのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
3.8
オープニングのBGMに驚かされた。なんとクリスマスソング。これを選んだ理由とは。そして風景にぴったり合っている。
戦争映画の中では、かなり優しく描かれている作品。あくまで日常生活にスポットをあてていて、戦争映画が苦手な人にも薦められる。アニメが苦手でも大丈夫。

戦争が始まったころ。

広島に住むヒロインの すず はおっとりして純朴、子どもらしい性格。
実家は海苔養殖をしていたが、18歳のとき突然訪れた縁談で呉へ嫁ぐ。

幸い夫もその両親も良い人のようだ。
だが姑は体が弱いのですずの家事の負担が大きい。
少々動きの鈍いすずは本人なりに精一杯だが、残念ながら一家に期待されたほどには役に立っていない。

嫁ぎ先は悪い人たちではないしすずは一所懸命だが、環境のせいでお互いのすれ違いが起こり、始めは完璧にはいかなかった。

しかし困難な時を共に越えていくため協力していくしかない。徐々に新しい家族が築かれていく。初めて夫婦喧嘩するまでにも大分時間がかかる。
そしてこの絆を強めていく家族が家から少しずつ減っていく。

戦況が厳しいにも関わらずすずはかなり「普通」に生きている。ぼんやりした性格のせいでかえって強くいられた。

ある時ついに大怪我を負うすず。もう家事はろくにできない。大好きな絵も描けない。夫も出征、妊娠の喜びも絶たれ、可愛い家族も欠け、日夜空襲から逃げ惑い、日々をただ生死のために行動し疲れ果ててしまう。
しかしもうすずを実家に帰そうとする人はいない。
すずは自ら里に帰る決意をするが、意外な人が留める。

すずや呉の明るい人たちが、いつの間にかうつむきがちになっていく。
不幸が重なり気を張っていた義姉の口数が減るのか一番分かりやすい。
ただ勝利だけを目標に耐えてきた人たちがある日それを急に失い、それでもまた明日から生きていかねばならない。

特に女性たちの生き様が中心に描かれる。
ぼんやりして鈍感で不器用で絵が好きだったすずが、そのままではいられない苦しみを味わい、「普通」ではいられなくなりそうになる。
すずは戦争のなかでも自分を保つことができるのか。

エンドロールの最後に現れる手。
あったはずの、毎日家事をこなしていたはずの、はるみの手を引いていたはずの、我が子を抱いていたはずの、夫に手を重ねていたはずの手。

失われた手は、この世界にいくつあるのだろうか。
広島の実家で伏せる妹の手は紫に変色しつつあった。
連れ帰られた子の母もやはり無くなっていた。
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