Keiko

神様の思し召しのKeikoのネタバレレビュー・内容・結末

神様の思し召し(2015年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

天才医師であるトンマーゾが、院内にシスターがいることに嫌悪感を示す場面で、助手が「患者のケアをしています」と言ったのに対し、「患者のケア(治療)なら十分している」と答える場面が印象的。
トンマーゾは神も奇跡も信じていない。患者の病が治れば、それは全て自分の力。医療の道に邁進する人間が神を信じないのは、なるほど説得力がある。
だけど、ズレている。「病は気から」なんて言葉もあるけど、そういう精神面のケアは絶対に必要なわけで。

私自身もあんまり神の存在を信じていないし、風が吹くと神を感じるとか、梨が木から落ちるのは重力のせいではなく神の思し召し……なんて言われると「いや!自然の原理よ!」って突っ込んでしまうんだけど、終盤でピエトロ神父が交通事故で重体になったシーンでは、神の悪戯を感じざるを得なかった。
(最近、突然トラックとぶつかる映画よく見るな〜)

神の存在って、終盤のトンマーゾみたいに、やんわり信じて自分の生活を豊かにするために利用するくらいがちょうどいいよね。家族が突然宗教にハマったら、日本人の感覚からするとそりゃあ怖いし。
トンマーゾの何が悪かったって、彼にとっての神が彼自身だったところなんだろう。だから傲慢で孤独に陥った。自分以外の何かを、誰かを信じなければ、愛は得られない。そのきっかけがピエトロ神父、そして神だったという話。

ちなみにラスト、ピエトロ神父の生死は想像に委ねる終わり方だけど、私は生きていると思う。
トンマーゾは奇跡を信じない男だったから。最後に奇跡が起きなきゃ意味がない!
Keiko

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